「一つの生命」を活かす

 ◯選択(原因)とその体験(結果)
 ご存知ですね。私は治療師ですが、みなさんの「病気を治そう」とはしていません。
 この国で「病気を治す」のは、お医者さんの仕事です。
 この世の中には、一人の人の、ある症状をとる方法はいくらでもあります。私は、エドガー・ケイシーの 健康法を基にして、特に、「意識を活用する治療」 を選択しています。

 私は、「みんなで一つ」として展開している「生命の働き」を祝福し、感謝し、感動して、私たちみんなの 生命の働きを活性化し、世界中の人々の心身を元 気にします。
 そこで、私は、一度もお会いしていない、多くの方々の治療もしています。こうして、私を通して元気にな られた方々にお会いしないまま、お互いの一生を 終えるのでしょう。
 最近では、世界中の人々の心身の健康ばかりか、今まで会ったことがないし、これからも会うこともな いワンちゃんやネコちゃんの治療依頼が増えました。
 このようなことは、皆さんが、「みんなで一つ」の体験(結果)を選択(原因)すれば、誰でも出来ます。

 こういう話は、一般には理解されません。私のところへ、治療にお見えになりますと、祝福、感謝、感動 が治すのを目の当りに体験しますので、「そうか」 と納得されます。
 ということで、私は、治療師というよりも、祝福師、感謝師、感動師です。
 皆さんは、誰でもみんな、すぐに、この祝福師、感謝師、感動師になれます。当然、自分にも、患者さん にも、危険が一切ないので、免許なんてありません し、私たちが、祝福、感謝、感動して治療をするの に、これから、何かを勉強する必要もありません。
 こういう体験は、単に、日頃からの慣れの問題です。私たちが、心身の健康を選択するという原因とな り、無条件で、祝福し、感謝し、感動するのに慣れま すと、その波動が世界中の人びとに影響し、自分 ばかりが元気になるだけではなく、元気に生活する選択(原因)をしている世界中の人々が、実際に、自 分たちの心身の元気を体験(結果)します。
 というわけで、私たち一人ひとりは、世界中の人々の心身の健康に、直接の責任がある存在として生 きているスバラシイ存在です。
 そのため、私たちは、、日頃から、無条件で、祝福、感謝、感動を選択(原因)して自分の心身の健康 を整えておきたいものです。無条件とは、考えを越えてという意味です。

 ◯同じ一つの生命を生きる
 私たち一人ひとりは、「生命」という「存在」です。「生命」をケイシーは「意識」と言います。その働きは、 「活き活き、活き活きした愛の波動の働き」 です。
 この大宇宙の存在のすべては、この「一つ」の「愛の波動の働き」です。
 そこで、私の愛、あなたの愛というように考えて、小さく分割することができません。
 私たちが、自分は、この今、このままで、「活き活き、活き活きした愛の波動の働き」と、ハッキリ意識し て生活する状態を自分の「理想」をハッキリさせ ていると言います。
 いいですか。私たちは、今、ここで、みんなで、「同じ一つの生命」、「同じ一つの意識」、「同じ一つの活 き活き、活き活きした愛の波動の働き」を活き 活きと生きているのです。この「活き活きした一つ」は、 「生命の持つ知恵と慈しみの働き」そのものです。
 私が、その「働き」を祝福し、感謝し、感動します。そして、その「働き」が、働いている人・場所・状況を 指定します。すると、もともと、そこで働いて いる「理想の働き」が、瞬時に活性化する体験をします。
 私たちが、「理想」の働きを活発にしたい人や場所や状況を、ハッキリさせるのを、「目的」をハッキリさ せると言います。私たちが「目的」をハッキリさ せますと、そこで働いている「理想」が活性化し、ますます 活き活きと働いてくれます。

 「目的」は「コトバ」です。日頃から、自分の目的をハッキリさせる生活は、いつも、意識して、自分が選 択したコトバを、ハッキリさせて生活していると いうことです。
 自分が、この今、何(目的)を選択しているのかに、いつも、気がついているのです。
 「初めにコトバがあった。コトバは神とともにあった。コトバは神であった。このコトバは初めに神とともに あった。すべてのものは、これによってでき た。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなか った。このコトバに命があった。そして、この命は人の光であった。光はやみの中に輝いてい る。そして やみはこれに勝たなかった」。ヨハネ伝の冒頭です。
 私たちはみんなで、自分自身の目的(コトバ)をハッキリさせて、その目的(コトバ)を選択する生活を体 験すれば、自動的に光り輝き、充ち足りた人生を 体験します。
 私は毎日、無条件で、「愛が、私を通して、活き活き、活き活き働いている」と決めつける選択(原因)を し、そう思いこむ選択(原因)をし、そう感じる 選択(原因)をして、世界中の人々(目的)の「愛」を活性化 させる体験(結果)をしているのです。 
 そこで、治療師としての私は、「皆さんの病気を治す」選択はしないで、「愛が、自分を通して、活き活 き、活き活き働いている」感じを、静かに観じる選 択をしています。

 ご存知ですね。皆さんの人生体験は、どう生まれるか、どう生きるか、どう死ぬかまで、ご自分が選択 (原因)し、その選択(原因)を体験(結果)してい るのです。
 そこで、心身の具合の悪さも、その対応も、全部、ご自分の選択(原因)とその体験(結果)です。その 自分の選択とその体験を、毎日、無条件に楽しむのが人生です。

 私の治療は、具合の悪い体験をしている人が、「これから、元気に生活する選択をしている」ことを確認 します。その方の原因(目的)をハッキリさせたのです。それから、私が、自分で、「私たちの理想」を「ど んな感じかな・・・」と観じて、無条件に、祝福、感謝、感動します。すると、私たちの「理想」が
活き活き、活き活きと働きます。
 こうして、私たちは、元気な生活を体験(結果)し、みんなで、喜び合うのです。 
 
○人生は図書館
 私たちの人生は、古今東西の本を集めた巨大な図書館で、それぞれの人が自分の好きな本(目的)を 選択し、それを読むという、ワクワクする体験をしてい るようなものです。
 私は、この巨大な人生図書館で、「エドガー・ケイシーの本」が好きなので、それを選択して(目的をハッ キリさせて)読んでいます。特に「人間とは何 か」、「どう生活すればよいか」という分野の本が大好きで す。
 おかげさまで、いろいろなこと(目的)に挑戦しました。そして、様々な失敗体験をしても、心身ともに大 きなダメージを受けても、それにともなう不安や 悲しみや怖れなどの感情もそのままに受けとめ、あれや これやと考えないで、「どんな感じかな・・・」とシッカリ観じてしまうので、よけいなストレスもな く、元気に、 楽しく生活しています。

 この自分のいつもの選択のクセに気づかないで、人生がうまく展開していない多くの人々の中には、ナ ントカして、いい人生を送りたい(目的)という本を 選択する人がいます。すると、ナントカして、いい人生 を送りたいという体験をします。これは、単に、自分が選択した今までと、今の人生体験を非難、批 判、 否定する人のクセです。

 同じように、心身の具合が悪いという本を選択して読むクセのある人々の中には、ナントカしてよくなり たい(目的)という本を選択する人がいます。する と、ナントカしてよくなりたいという状態を、自分の体験 にします。

 疑う体験が好きな人もいます。すると、無意識で、「これがうまくいくのかしら」(目的)という疑いの体験 をしつづけます。

 一方、「怖い話(目的)が書いてある本」が大好きな人たちがいます。そういう人たちは、心身ともにスト レスが蓄積されるので、身のまわりの人に、怖い 話をしなければ我慢が出来ません。そこで、ナントカし て、人々を怖がらせます。こうして、何回も、何回も怖い感じを観じるという、またとない人生体験ができ て、自分が元気になります。

 また、「何かにとらわれる(目的)本」が大好きな人々は、自由に、とらわれる本を選択し、夢中で読みま す。そして、何かにこだわって生活します。こだ わるのが、その人にとっての生き甲斐です。
 例えば、自分の過去にとらわれる人は、自分の過去にこだわって、前に進めません。
 ありがたいことに、私たちがなかなかできない、こだわる体験を、私たちみんなに替わって選択し、何か にとらわれるという人生体験を一所懸命でやってく れているのです。
 
 さらに、「私こそ被害者(目的)」という本が好きな人々も大勢います。この本にのめり込みますと、自分 の外に、強力な影響力を持った加害者がいて、いつも、自分を監視している、何かよからぬ計画を企て て、自分の人生を邪魔しているという物語が、自分をわくわくさせてくれます。
 どの体験も、単に、自分が、無意識にしている、いつもの選択のクセです。多くの人々は、自分が、い つものクセで、どんな本(目的)を選択しているかに気づいていません。そこで、自分を脅かす体験が、自 分の外から来ると勘違いしながら生活します。
 こうして、私たちは、古今東西の本を集めた人生図書館で、まったく自由に、自分が選択した本を、気 の向くままに読み、それを、自分の体験にすることができます。
 私たちは、そういうスバラシイ世界に住んでいる、まさに、スバラシイ存在です。
 そこで、私たちは、自分が、今、読んでいる本が気に入らなくなったら、いつでも、自由に、自分の新し い目的をハッキリさせ、その目的に添う新しいテーマの本を選んで、新しい本を読めばよいのです。
 大丈夫。私たちはスバラシイ自由な存在です。今まで、どんなことがあっても、今、どんな状態でいて も、新しい(目的)を選択し、それを自分の体験にすることができます。
 この場合、自分の意識の中に、今まで、好きで読んできた本の体験の蓄積がありますので、何回も、 何回も、自分の「理想」をハッキリ自覚して、自分の「目的」をハッキリさせ、何回も、何回も新しい本を手 にとるようにします。
 いいですか。自分の新しい人生体験へのエクサイティングな選択の挑戦は、何も難解ではなく、無条件 で、ただ、「何回も、何回も」だけなのです。

 ◯祝福、感謝、感動
 私たちは、「みんなで、同じ一つの生命、意識、活き活きした愛の働き」を生きています。この人生で、 いつ、どんなことが起きていても、自分自身の選択と対面しています。
 そこで、ケイシーが、私たちに勧める日々の生活は、積極的な「やさしさ」。積極的な「忍耐(理解・許 し)」、「辛抱(支えつづける)」。そして「希望」を選択すること。それらは、自分の「理想」を、具体的に、 「どんな感じかな・・・」と観じる体験です。
 そして、自分を含めて、「人を非難する」、「人を批判する」、「人を否定する」選択をしないように、「理 想」を「どんな感じかな・・・」と、いつも観じている生活です。

 いいですか。どうぞ無条件で、「この今の自分はスバラシイ存在。そして、この今、スバラシイ世界に住 んで、スバラシイ体験をしている」という本を選択しましょう。
 これが、「理想」をハッキリさせたということです。「理想」は、「愛の活き活き、活き活きした働き」ですか ら、この今、活き活き、活き活き働いています。どうぞ、その働きを祝福し、その働きに感謝し、その働き に感動してください。
 「目的」をハッキリさせますと、「理想」は、その「目的」の人、「目的」の場、「目的」の出来事を活性化し ます。こうして、私たちみんなが、「愛の働き」の具体的な恩恵を体験します。私たちの人生はうまくまわり 始め、みんなで、心身の健康を体験します。
 「活き活きしている」って「どんな感じかな・・・」。どうぞ静かに観じてください。
 その「どんな感じかな・・・」という、「私たちの肉体の活き活きした感じ」を「静かに観じている」のが、「み んなで一つの活き活き、活き活きした愛の波動の働き」です。




この今、「自分」に生かされている

 ◯瞑想・祈り・行
 私は、10代の終わり、生きて行くのが大変だった時代に、自分で、自分を生かさなければ、誰も、私を 生かしてくれない生活を選択しました。
 おかげさまで、この宇宙なんて、無くてもいいのに、生きている自分なんて、いなくてもいいのに。こうし て生きている自分がいて、日々、私を生かしている不思議な力が、いつも、「私といっしょに在る」のに気 がつき、その感動で、涙を流しました。
 それならば、この力といっしょに、「ヨシ、ヤッテヤロウ」。「この一生、思う存分に、生きてやろう」と、決 めました。これが、私の生きている原動力です。そして、早い時期に、エドガー・ケイシーに行き着いて、 世界中の人々の心身を健康にしています。

 この今、私たちは、私たちみんなを生かしている「一つ」の「自分」と、その働きによって、生かされてい る自分を生きています。私たち、一人ひとりは、それぞれに分かれて生きている個々の自分です。
 自分が、「自分」と「一つになる体験」が「瞑想」で、自分が「自分」に語りかけるのが「祈り」。そして、そ の体験を選択し、具体的に行動するのが「行」です。
 その体験は、どれも、自分のこの今を、「どんな感じかな・・・」と観じる体験です。
それは、簡単明瞭。皆さんが、日頃から、無意識にやっている行動のすべて。
 でも、皆さんは、自分が、この今、「自分」によって「生かされている」、と気がつかないので、こうして、話 にしてしまうと、ヤヤコシイだけです。
 いいですか。瞑想も、祈りも、行も、自分の「ヨシ、ヤッテヤロウ」そのものの体験。
 いいですか。皆さんが、この今、もし、「よし、やってやろう」とした時。
 例えば、無意識に、目が宙を見るようにした。手で、ふと、頭や顔を触るように動かした。呼吸を、一瞬 変化させた。身のまわりの気配に、耳を澄ますようにした。唾液を飲み込んだ。これらを、再び、ゆっくり と動いて、「どんな感じかな・・・」と観じるだけ。
 さっき、無意識にした動きを、今度は、意識しながら、「自分」といっしょに、ゆっくりと動いて、その自分 の感じを、「どんな感じかな・・・」と、静かに観じてください。
 その前に、自分で、「人」、「場所」、「出来事」と、「一つ」としての「自分」が、活き活き、活き活きと働く 「目的」をハッキリさせておきます。すると、ありがたいことに、「自分」は、時間と空間を超えて、サッサ、 サッサと働きます。この時、私たちは、自分自身の感じを、「自分」といっしょに観じて、「存在」という大仕 事をしたのです。
 私は、治そう、治そうとはしない治療師です。「生命・意識の知恵と慈しみの働き」に聞いて、皆さんが、 ご自分でご自分を、「自分」といっしょに元気にするようにします。 このようにして、「自分」と、皆さんとい っしょに、もう、40年もやっています。
 こうして、私は、「自分」といっしょに、世界中の人々の心身を、健康にしています。

◯「自分」という「生命・意識の知恵と慈しみの働き」を活用する 
  ・私たちは、誰でも、みんなで、同じ「一つ」の「生命・意識」を生きています。
・この大宇宙は、全部で「一つ」の活き活き、活き活きした「愛の波動の働き」です。
・「生命・意識の愛の波動」は、「知恵と慈しみの、活き活き、活き活きした働き」。
・私たち人間は、みんなで、いっしょに楽しむ体験がしたくて、この地上で肉体を持ち、 こうして、「知恵と 慈し みの、活き活き、活き活きしたヨロコビの 働き」を、「一つ」 の「自分」の具体的な体験にしている スバラシイ 存在。
・私たちは、誰でも、一人ひとり、マチガイなく、みんなでいっしょの、「自分」という 「一つ」の「生命・意 識」の  「知恵と慈しみの、活き活き、活き活 きした働き」です。
・私たちは、みんな、それぞれに、「自分の自由な決めつけ、自分の自由な思いこみ、自 分の自由な感 じこ  み」で選択した具体的な体験を、みんなでしている「一つ」の存在。
・多くの場合、私たちは「目的」がハッキリしない「無意識の選択」を体験しています。
・私たちは、考えて「ナントカしようとする」クセを選択し、そのクセを体験にします。
・私たちの考えるクセは、普通、無意識に、「自分を含めて、人を非難する、人を批判す る、人を疑う、 人を否 定する体験の選択」になり、それらを、自分が体験するのです。
・それぞれの人はみんな、自分の選択を体験したいのです。どうぞ、どんな時も、生活の面倒を見ている 人   か、頼まれた人以外の人を、ナントカしようとはしないでください。
・「生命・意識の知恵と慈しみの活き活き、活き活きしたヨロコビの働き」を、「自分」 の体験にするに は、今の 自分のクセを、「どんな感じかな・・・」と静かに観じます。
 これが、「存在感」、「一体感」、「信頼感」。「自分」といっしょの「同調体験」。

・私たちは、これからみんなで、どんな体験をするか、という「目的」を、意識的にハッ キリさせて選択し、 この 今を、みんなでいっしょに、「どんな感じかな・・・」と観じ て、その「目的」を私たちみんなの体験に する。この 大宇宙の「スバラシイ指揮者」。
・私たち一人ひとりが、「自分」の指揮者。みんなでいっしょに感動する体験のために、ハッキリさせた曲 目を、 私たちらしく表現する体験を選択します。
 私たちの指揮のもとに集まる演奏者は、それぞれが、みんなでいっしょに感動する目的の曲を選択し、 指揮 者を選択し、みんなでいっしょに演奏して、「一つ」の「自分」の「体験」にします。
・「自分」は、目的の人が、何をどのくらい、どのように食べたら元気に生活できるかを 知っています。私 たち も、目的をハッキリさせて、自分の、無意識 の体の動きを「どん な感じかな・・・」と観じますと、「自 分」が、  自分の体を動かして教えてくれます。
・目的の人の目的の症状に、どんな対策、どんな対応をするとよいかも教えてくれます。
 それを、みんなで体験するのが「生命・意識の知恵と慈しみの働き」を活用する喜び。
・人々を喜ばす体験を「目的」にしながら、無意識に、非難、批判、否定を選択して体験 するクセがあ り、心  身の具合が悪くなっている人を目的にして、元気になる方法と元気 になる治療法を「自分」に 聞いて選択  し、私たちとその方が、いっしょに元気になり、 この体験をもとにして「世界中の人々の 心身を健康にする」 という目的を選択し、その 体験を、私たちが、みんなでいっしょに喜ぶ。これが、 「自分」と働く同調体験で  す。




お手玉体操

 ◯この今、自分の心身の感じを観じる体操
 私が、昭和21年に卒業した小学校は、新潟県の加茂町にある北小学校です。その後、三条市の市立 三條商業女学校の男子部に在籍していました。昔の話で
すが、もし、覚えておられる方がいらっしゃったら、学芸会で花嫁御寮を、カワイラシク歌ったのは私で す。
 その頃の女子生徒は、お休み時間になると、お手製のお手玉で遊んでいました。女生徒たちは、歌を 口ずさみながら、いつもは、三つのお手玉を使っていま
した。時には、もっと数を増やして、その内の一つを、高く挙げたりしながら遊んでいました。
 
 先日、体操をお教えしている時に、お手玉で遊ぶ動きが、多くの方々の体調不良に、密接に関与して いる頸椎の1番と2番。また、頸椎の7番、胸椎の1 番、2番をゆるめて調整してくれます。そこで、左右 の肩関節と左右の肩甲骨の動きがよくなります。また、お手玉は、骨盤と両膝をゆるめないとできない の で、足関節、手足の指、両肘の使い方にもすこぶるよい体操になり、肺、心臓、腹空内臓器の働きが 活発になります。
 私は、お手玉をやったことがありません。でも、ナントカうまくお手玉をしなければ、というトラワレがない ので、曲芸のような動きで、お手玉無し体操を
やっています。
 お手玉体操は、立ってやるのは当然。座ってやっても、寝てやっても、片足、片手だけでも出来ます。 手足が不自由な方でも「どんな感じかな・・・」と観
じながらやります。
 必ず、首筋をのばして、動いて行く球の頂点を目で追っている自分の感じを、静かに観じながらやりま す。力を入れてがんばらない、いろいろな考えにトラ ワレない、やり方にも、こだわらない。玉無しで、の びのび、ゆらゆら、ゆっくり、楽しく動いて遊びます。

 今では、患者さんの、心身の具合の悪いところを「ここ、ここ」と、ハッキリ指定し、そこを、「目的」にし、 自分がお手玉体操をして、治療します。ま た、「ある方の、心身の具合の悪いところ」を「ここ、ここ」と、 「目的」にして、どなたかが、お手玉体操を「どんな感じかな・・・」と、観じながらしま
すと、「目的の方」は、元気になります。
 80歳になった今、ハッキリと分かります。昔の女生徒たちは、みんなで、楽しみながら、自分たちの心 身という「目的」を健康にする、ごく自然な体操をしていたのですね。

 首を伸ばして、肘を張らずに、踵を浮かしてリズムをとり、両膝と骨盤をゆるめ、両膝は前後、左右に、 開いたり、閉じたり、くっつけたり、離したり。両 足を交差させたり、片足を高い台の上に乗せても。両 手、両腕も、左右が上下に離れても、前後に離れても、小さく動かしても、大きく動かしても、斜めに離 し て動かしても。頭の上で、耳の高さで、肩の高さで、両脛の前でも、うしろでも、左右が脛の前後になって も、両手が腰のうしろでも、上体を右に回しても、左に回しても、いろいろ。自由自在にやってください。
 お好きなリズムに乗って、1分か2分。頸椎を伸ばしながら、楽しく動いて遊びます。

 ◯この今、自分の存在と、心身の感じをカワイイと観じる
 この世界、この宇宙、この生命、この意識、そして、この今、こうして生きている私たちは、たった「一つ の存在」の「知恵と慈しみの活き活き、活き活き した働き」が、「自分自身である知恵と慈しみ」を、具体 的に表現する魂として個々に分かれ、地上に肉体を持ち、お互いが、それぞれに、スバラシイ自分の 人 生をオモシロク演技しているのです。
 私たちの人生は、「自分」の「選択とその体験」です。そこで、私たち一人ひとりは、自分の体験を、自 分が、自分の自由な決めつけ、自分の自由な思いこみ、自分の自由な感じこみで、普通、無意識のうち に選択し、それを、日々の具体的な体験にしています。
 私たち一人ひとりは、自分が、無意識のうちに選択し、体験している「この今のこのままを、このまんま に」、全身で「どんな感じかな・・・」と観じます。その上に立っているこの今、自分自身のこれからの体験 を、「充分に意識して選択してください」。よく意識した選択を、自分自身の具体的な体験にして行く方が、 オモシロイ人生を体験します。
 いいですか。「存在」の「知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働き」は、私たち、みんなの「自分」とい う「生命」。私たち、みんなの「自分」という意識」です。
 その「自分」という働きが、こうして生きている「スバラシイ私なのだ」と、ハッキリと意識するために、「知 恵と慈しみの、活き活き、活き活きした働き」としての私たち、一人ひとりが、今、こうして、具体的に体験 している、個々の違いの上に立ち、いつも、いつも、いつも、自分が、全身で「どんな感じかな・・・」と観じ ていたい「自分自身の感じ」を、ハッキリさせて生活して行くのが、それぞれの人の「理想」の人生体験で す。
 私たちの「理想」とは、「自分」。「活き活き、活き活きした働きそのもの」です。
 それは、「一つ」。「この自分が、この今、大宇宙を動かしている」という感じです。
 私たちは、一人ひとりが、自分の「どんな感じかな・・・」を観じて、この大宇宙として働いている、多種多 様な演奏家たちの指揮をとっている指揮者を演技しているのです。
 私たちは、偉大な「自分」を「自分の感じ」で指揮しています。別の表現をしますと、「一つ」とともに生き て働いている「存在感」、「一体感」、「信頼感」、「愛」です。
 さらに、日々の生活の中で、「自分」として感じられるのは、「カワイイナ」です。私たちは「カワイイナ」と いう「自分の感じ」を、大宇宙といっしょに観じる指揮者です。
 「カワイイナ」は、過去にこだわらない「この今」です。「理想」が働いてくれる「目的」をハッキリさせ、前 を見て、必要な対応をし「よし、やってやるぞ」の原動力です。
 そこには、「自分自身の過去の体験にトラワレているカワイソウな自分」はいません。
 「自分の目的」をハッキリさせて、積極的に行動し、沢山の失敗の体験を足場にして、「理想」とともに、 失敗の体験をしている自分を、カワイイと観じつづけ、「理想」とともに、失敗の体験の上に立ち上がりつ づる人は、成功者というこの大宇宙の指揮者です。
 「自分の目的」がハッキリしていて、その目的を体験するため、うちつづく困難に直面しながらも、その 困難に対応している、自分の感じを、シッカリと感じて、「感じている自分をカワイイ」と、「理想」とともに、 静かに観じつづけ、どんな時も、「理想」とともに、積極的に行動しつづける人は、英雄という、この大宇 宙の指揮者です。
 私は「世界中の人々の心身の健康」が目的で、「理想」とともにお手玉体操をします。









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