からっぽ

 ◯「カワイイナ・・・」
 私は、自分のことを「意識屋さん」と言っています。当然、意識を活用しながら生活しています。
 私の仕事は、皆さんの心身を元気にする治療です。実は、皆さんを元気にするのは、私を通して働く 「私たちみんなの意識」です。それは「愛」。「愛が治す」が私の口癖。
 日頃から、「カワイイナ」という自分の感じを観じて、皆さんを元気にしています。

 「私たち一人ひとりは、このままで、何とも言えないスバラシイ存在です」。 どうスバラシイかと言います と、私たちは、誰にも、何にも制限され 驍アとなく、マッタク無条件で、自分の決めつけ、自分の思いこ み、自分の感じこみを自在に選択して、その選択を自分の生活の中で、実際に体験する「知恵と慈しみ の働き」という存在です。
 いいですか。マッタク無条件の、自分の決めつけのクセ、自分の思いこみのクセ、自分の感じこみのク セが、自動的に、毎日の自分の体験になっています。
 言ってみれば、日々の自分の体験を、良くも、悪くも、何かにつけて選択しているのは、自分の無意識 の決めつけ、自分の無意識の思いこみ、自分の無意識の感じこみです。

 「自分は、このままで、何とも言えないスバラシイ存在であると決めつけ、思いこみ、感じこんで、その自 分をつぶさに体験する」。これこそ、魂が選択している人生です。
 そして、この今の人生体験を積極的にオモシロガル。これが、オモシロイ人生。

 エドガー・ケイシーは、その「何とも言えないスバラシイ自分」と 「う存在を、自分がハッキリと決めつ け、ハッキリと思いこみ、ハッキリと感じこむ選択を「自分の理想をハッキリさせる」と言います。
 例えば、自分の理想を「知恵と慈しみの働き」と、ハッキリさせて生活していますと、これは、自分の祝 福、感謝、感動の体験です。この体験は、何と、「カワイイナ・・・」という自分の感じそのものです。カワイ イのは、自分が、かわいいなと感じる対象ではなく、かわいいなと感じている自分の感じを観じている「知 恵と慈しみの働き」なのです。
 私たちは、このままで生命です。エドガー・ケイシーは、「生命は意識」といいます。「生命」は、自分は、 ここにこうして存在していると「観じている意識」です。
 世界中の人たちが、みんなで、同じ一つの生命、同じ一つの意識を生きています。 生きているという のは、この今、「同じ一つの生命」の「知恵の働き、行動、反応、法則」を、みんなで、具体的に体験して い ・という状態。 
 それは、活き活きした「同じ一つの意識」の「慈しみの働き」、「愛」の体験です。 「体験」とは、この今 の今を「どんな感じかな・・・」とシッカリと観じていること。 「観」は、「どんな感じかな・・・」と、「生命・意識 が観じている体験」です。 
 この今を肉体で感じ、その肉体の感じを、さらに「生命・意識の知恵と慈しみの働き」で深々と観じると、 人生は充足します。自分の人生に、充分満足している人は元気です。
 自分の肌で感じる空気を「どんな感じかな・・・」と観じますと「トッテモ、アマーイ」感じがします。私は、自 分がこのような感じを観じている状態を「愛がいっぱい」とか「ニッコリいい感じ」と表現します。これが「カ ワイイナ・・・」です。空気が カワイイナではなく、「アマーイ」と感じているのを観じている自分の体験がカ ワイイナです。 

 この今の今、「カワイイナ」って「どんな感じかな・・・」と観じてみてください。
 「どんな感じかな・・・」の体験は、自分を、無条件で「活き活きしたからっぽ」にしている状態。これが 「観」です。「・・・」です。ナニモ考えていないのでからっぽです。
 私たちの人生を体験しているのは、この活き活きしたか 轤チぽ「・・・」。
 この活き活きしたからっぽ「・・・」が、私たちの人生を体験しています。
 この活き活きしたからっぽの人生体験には、何のこだわりもありません。 善悪、正邪、好き嫌い、損 得、勝ち負けは、社会生活していれば必ずあります。それらは、自分が選択した決めつけ、思いこみ、感 じこみという「条件」。魂はそれを体験したら、もう充分。私たちは、自分が造った条件を体験したら、も う、その条件には用がないのです。私たちは、無条件の自分という「無条件のからっぽ」を積極的に体験 するだけ。
 そこで、私たちは、「自分が造った条件」を体験したら、その「条件」や「体験」に、一切こだわらないで、 積極的に「無条件のからっぽ」を観じてしまいます。
 いいですか。善悪、正邪、好き嫌い、損得、勝ち負けと言う「こだわり」を自分の考えや感じから放して、 「からっぽ」の自分を体験する「無条件のクセ」をつけるのです。
 自分が「無条件でいる状態の体験」が、「慈しみ」、「愛」、「そのまんま」、「からっぽ」の活き活きした体 験です。それは「カワイイナ・・・」という感じです。
 私たちの魂は、これが体験したくて、この地上で肉体を持ち、ややこしい人生をやっています。今、失 敗、不安、悲しみ、怒りがあったら、それらを無条件で観じ、かわいくない状況に出会っているなら「かわ いくない」を観じるのは、「無条件のからっぽ」です。

 ◯「からっぽ」が心身と人生を元気にするクセ
 「自分の理想をハッキリさせている」人々は、このままでスバラシイ存在なので、自分を含めて、「人々 のお役に立つ」選択を、日々の自分の体験にします。これが元気の素。
 これを「目的をハッキリさせる」と言います。
 私たちが目的を体験する時、困難や失敗はつきもの。それを活かす体験が人生です。
 ケイシー流に言えば、やさしさ、忍耐(理解、許し)、辛抱(支えつづける)、希望、感謝を「どんな感じか な・・・」と観じきる生活。すると、アイディア、工夫、チャンスが「からっぽ」からやって来ます。それらを 日々に活かしつづけるのが「感動の人生」。
 これを実際に行って、自分の体験にする生活を、みんなで行い、みんなで感動しあう体験こそ、今、地 上で、こうして、人生を体験している私たち一人ひとりの魂の喜び。
 この今ここがこのままで、目的をハッキリさせ、理想とともに行動する体験の場です。 




意識と遊ぶ

 ◯ピラミッドで瞑想をしてみたら
 私の治療院では、毎月、第一と、第三日曜日の午前10時から、2時間、和気あいあいの瞑想会をやっ ています。
 先月の瞑想会で、たまたま、ピラミッドの話が出ました。私は今生では、ピラミッドに行っていません。実 は、瞑想中、あるいは夢で、どの時代のピラミッドへも行くことが出来ますので、わざわざ行くつもりもあり ません。
 そのとき、これからちょいと、ピラミッドで瞑想をしてきますと言って、いつものように、皆さんと瞑想しま した。すると、思いもかけない体験をしました。
 気がついてみますと、大ピラミッドの頂上で瞑想しています。上を見ますと、まさか、私の頭の上に、私 を頂上にした、トテツもなく大きなブルーで透明なピラミッドが逆さになっています。前を見ますと、同じよう にして、前にもあります。右にも、左にもあります。後ろは見ませんでした。

 次の瞑想会で、お不動さんの話が出ました。そこで、お不動さんと瞑想してみました。アラフシギ、お不 動さんは、提灯でした。
 私は、このお不動さんの話をするたびに、うれしくて涙が出ます。私たちが、生活の中で、自分の目的 をハッキリさせますと、その目的に向かって歩いて行く私たちの足下を、お不動さんが、提灯や松明にな って照らしてくれているのです。何とアリガターイ話ではありませんか。
 私は、世界中の人々の心身の健康のために、誰が、何をどのように食べたらよいか、誰が、日々にど んな体操をしたらよいかなど、皆さんお一人お一人の健康な生活という目的をハッキリさせて、意識に聞 きます。するとたちまち、その具体的な対応が出てきます。
 実際に、皆さんとともに、生活の中で、それを活用するとき、お不動さんが、いつも、私たちの足下を照 らしてくれています。こうして、私が、世界中の人々の心身の健康のために、無駄無く、安全に行動でき るように、いつでも、お導きをいただいているのです。

 先日の瞑想会で、弥勒菩薩の話が出ました。早速、弥勒さんと瞑想しようとしましたら、文珠さんが「私 が先、私が先」と言って割り込んできました。文珠さんは若くてピチピチした女の子で、「輝いている?」と 私に、元気よく声をかけて行ってしまいました。
 弥勒さんは「愛が、観じるという天空に放されたとき、総ては活きてくる」でした。
 「愛」は、「一体感」、「存在感」、「信頼感」です。その感じを、自分のすべてで観じると、世界中が活性 化します。最近の瞑想会で、また、弥勒さんの話が出ました。以前に弥勒さんにお会いしたのを、すっか り忘れて、瞑想しました。おばさんが、私たちに、「立って、立って、後はきれいにしますからね」と言って、 電気掃除機をかけています。「立って」と、私たちに、「積極的な行動の選択とその体験」をうながしている のです。  
 あるとき、お伊勢さんで瞑想してみました。全天空に、ブルーで透明な、デッカイ太陽が輝いています。 また、私たちに、いっぱいの「知恵と慈しみ」をかけてくださる観音さんは、いつも、いつも、「聞かせて、あ なたのことを全部聞かせて」と言っています。

 ◯意識とおつきあいする
 私は、根っからのケイシー屋さんですから、普通はワインの赤しか飲みません。しかも、それを買い求 める時にも意識に聞いて、私の健康によいものしか買ってきません。おもしろいもので、同じメーカーの、 同じ種類の容器に入っているワインでも、一つ一つの性質が違うのです。そこで、世界中の人々の心身 の健康のために、私がどのワインを飲んだら良いのかといちいち聞いて買い「祝福ってどんな感じか な・・・」といただきます。

 私の家内は、まずいお酒を、意識でおいしく変える名人です。もう15年も前のこと。駅前の酒屋さん で、瓶のラベルに、マジックペンで、フランス語かイタリア語で何やら書いてあるワインを買ってきました。 栓を開けてみましたら、そのまずいこと。ところが、家内が祝福しますと、何と、天下の銘酒に早変わりし て、おいしくいただきました。

 先日、人生相談のお礼にと、その方の住んでおられる近くの、伝統の酒蔵の日本酒の銘柄品をいただ きました。鉄道に夢中の中学生の息子さんへの接し方がご相談でした。
 そのお酒が、私の心身の健康に良いかどうか、意識に聞いても、何も答えが出てきません。こういう場 合、多くの理由は、意識を活用する上での新しい展開の前触れです。治療院のスタッフには、そのお酒 を飲んだら健康によいか悪いかが、すぐに出て来るのです。ところが、私や家内のは出てきません。飲 む量を少なくするとか、飲むときの肴について聞いても何も出てきません。そのまま家に持って帰りまし た。
 家で、意識に、いただいたお酒をどうしたら、健康によいかいろいろ聞きましたが、意識は無言です。つ いに、どう捨てたら良いかまで聞きましたが、それも何も出てきません。せっぱつまって、家内に、このお 酒を精一杯祝福して、水に流すように言いました。
 この期に及んで、ハッと、我が家には、中学生の息子がいるのに気がつきました。
 すぐに意識に聞きますと、その「息子の感動」が、私たちばかりか、「世界中の人々の心身の健康によ いお酒に変わる」と出てきました。
 息子は、中学校で、和太鼓をやっていまして、いつも、興に乗って、指で、机の縁ばかりか、台所の流し の縁でも、ドドン ドコドコ デンデン テケテケとやっています。
 私は、竹の割り箸で、この酒瓶をたたいて、演奏するように言いました。息子は、大喜びで、瓶を横にし てたたきました。口金のところ、くびれた首、張った肩、豊かな胴、そしてずっしりした底をたたくと、それ ぞれの音色が出まして、ミゴトな演奏になりました。熱演のあまり、途中で、箸の先端は、両方とも折れて 飛んで行ってしいました。
 そして、このお酒は、世界中の人々の心身を健康にする天下の美酒に変わったのです。 私と意識の おつきあいは、いつもこんな調子。もう、何十年も経ちました。やれやれ。                                




人は、自分の選択を体験している

 ◯ヘエー、ヘンナ体験 
 私たち一人ひとりの人間の、日々の暮らしとは、前世、生まれる前、幼少時、若いとき、そして、つい最 近でも、自分が、意識的にも、無意識的にも、自分自身で選択したものを具体的な体験にして生活して います。その体験がしたくて、人生を選択しました。
 私たちの生命・意識は、その「知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働き」です。
 治療や講習会で、私のところにおいでになりますと、その体験をします。
 例えば、体の具合が悪くて、私のところへ治療においでになる選択をされたとします。
 これは、ご自分が、福田高規の、ケイシーのリーディングをベースにした治療法と、意識の働きを活用 したやり方を選択し、それで「治る」という選択をしたということです。
 おいでになりますと、ここで、奇妙な体験をします。これも、ご自分が、ずっと以前に、そのヘンナ体験を 選択をしていたので、それを体験し、ご自分が「治す」のです。

 ここで、私に、ご自分の症状を言いますと、ご自分は、何もしなくても、私、福田高規から、何もされなく ても、いつの間にか、その治療法がコピーされて、教えられます。
 皆さんの体に、こりや痛みがあり、ご自分が治す選択をします。そして、生命・意識が活性化して働く、 目的の人とこりの場所を「ここ、ここ」と、意識にハッキリ伝えます。
 どなたかが、「愛いっぱい」の感じを観じますと、こりは、一瞬よりも早く消えます。
 また、ご自分が、こりのある部分を目的にして、「愛いっぱい」の感じを観じても、そのこりがとれる体験 をします。こりがとれるのは、ご自分の選択とその体験です。
 奇妙なのは、折り紙や、植物のエッセンスや、私とか、ご自分の指先を、ご自分の体表面とか、私と か、誰か別の方の体表面にタッチしますと、ご自分の体にあって、つらかったこりが、たちまち消えてしま う体験をします。この体験を造っているのは「愛」です。

 そして、ご自分が、この宇宙を動かしていると、肉体で感じる選択をしても、「ご自分を通して、愛がいっ ぱいあふれでている」と、「愛」が勝手に、自分を通して、あふれでていると決めつける選択をしても、その 力強い状態を、実際に、ご自分が体験します。
 普通、皆さんは、そのように思いませんし、そういう体験を選択しませんので、これまで、その体験をし ていないだけです。
 大宇宙を存在させ、動かし、維持しているのは、何のことはない、私たち一人ひとりがこの今の、自分 の肉体の感じを「どんな感じかな・・・」と観じている「愛」なのです。
 私たち一人ひとりが、自分はどうありたいか、自分は、何を体験したいかをハッキリさせますと、お互い が、それを体験します。これが、私たち人間の、日々の暮らしです。
 私たちが「治る」という選択をしてしまえば、みんなで「治る」という体験をします。
 自分の選択をハッキリさせたとき、結果を待っていないで、すぐ「愛」に感謝するクセをつけてください。 私は、ウレシイナ、ウレシイナ、と背中をくねくねさせて喜びます。
 
◯触媒屋さん
 私は、自分のことを「エドガー・ケイシー屋さん」とか、「意識屋さん」と言います。まさに、日々、ケイシー のリーディングを活かし、意識が私を使い、意識に働いてもらう選択をして、暮らしをたてる体験をしてい ます。

 この大宇宙は、活き活きと動き、活き活きと働いているたった一つの意識、「愛」です。この今、この大 宇宙を動かしているのは、私たち一人ひとりの意識、「愛」です。
 大宇宙は、活き活きと働いています。私たち一人ひとりが、「・・・である」選択をしますと、「・・・である」 ように行動しますから、「・・・である」体験をします。
 この大宇宙は、まさに、活き活きと働いています。私たちが、「・・・になりたい」選択をしますと、「・・・に なりたい」体験をします。
 例えば、自分が「愛である」選択をしますと、「愛」を行動し、「愛」を体験します。 一方、自分が、「愛に なりたい」選択をしますと、「自分は、愛になりたい」と考えつづけ、忍耐や努力が必要な「愛」を行動しな い選択をしますので、「愛」を体験しません。
 この体験も、善悪・正邪ではなく、貴重な存在が、自分の選択を体験した記録です。

 いいですか。かって、生きた人、今、生きている人、これから生きる、世界中の人々が、この今、まった く、同じ一つの命の輝き、同じ一つの意識の輝きを生きています。
 この大宇宙は、「たった一つの愛の輝きの働き」です。
 そこで、私たち一人ひとりは、だれでも、みんな、何もしなくても、このままで、「愛の輝きの働き」です。 あなたも、私も、いつどんなときでも、完全に無条件で、「愛の輝きの働き」です。「愛の輝きの働き」以外 の何者でもありません。

 あなたの魂が問いかけています。「この今、愛の輝きの働きである選択をしますか」。

 私のところには 困っている方々から、昼夜問わず、心身の相談が舞こんできます。中には、今まで、お 会いしたことのない方々の相談も、たくさんあります。
 私が、その体験に、ビックリしないのは、私たちは、みんなで「愛の輝きの働き」と知っていて、みんな で、「愛の輝きを働かせる」選択をするのが、うれしいからです。

 私は、決して、「治そう」とはしない治療師です。治療の講習会でも、「治そう、治そう」とはしないように 言います。その必要がないのです。心身の具合の悪い方のどこを治すと「目的」をハッキリさせ、「治る選 択」をしたら、どなたかが、自分の肉体を、「どんな感じかな・・・」と観じますと「愛の輝き」が働き、「治る」 体験をするからです。
 私が、ここに、こうしているのは、皆さんに選択していただいた、「愛」の化学反応を促進させ、世界中 の人々の心身の健康のお役に立つ体験をしたいからです。
 私は、「愛の触媒屋さん」です。  




ゆるめて、のばして上げる

 ◯持たないで、差し上げる
 先日の瞑想会で、今、勉強している解剖学の本が、立って読む時に重いという話がでました。  私の感 じは、「エッどうして」です。もし、私が、立って重い本を読む時には、全身をゆるめ、両肘を降ろして、「ど うぞ、どうぞ差し上げます」という感じを観じながら、本を持ちますので、本が重くないし、心身ともに、疲れ ることもありません。
 私は、若いときから、ずっと、持ち上げたり、担いだりする肉体労働者でした。身長が1メートル50セン チ、 体重40キロですが、重い物を持つのに、人に負けていては、仕事になりません。仕事の上での力 を使う競争でも、常時、上位をキープしていました。
 今は、もうすぐ、80歳になるので、あまり重い物は持たないように注意しています。 でも、肉体で、重 い物を持つコツを体が知っています。ありがたいことに、若い時、身につけた体験は、ずっ と生きてい て、年をとっても、チャンと働いてくれます。
 それが、皆さんに、いつも、いつも、「この今を、どんな感じかな・・・」と観じてください、と申し上げている 基になっています。
 人々は気づいていませんが、私たちが、自分の肉体の感じを観じているとき、私たちは、宇宙中の、全 体で「一つ」として働いている「生命・意識の、知恵と慈しみの働き」を活き活き、活き活きさせているので す。
 そこで、私たちが、「一つ」として展開して働いている生命・意識に、自分を含めて、活性化させたい人、 場所、出来事など、私たちの「目的をハッキリさせます」。そして、この今の自分を、無条件で、「どんな感 じかな・・・」と観じますと、生命・意識は、確実に、「私たちが、ハッキリさせた目的のところ」で、活き活 き、活き活き働きます。

 この人生の全部は、「自分の選択とその体験」です。
 私が身につけたコツは、膝をゆるめ、骨盤を動かし、両肘を挙げないで、首筋をのばして、顎を軽く浮 かし、頭を動かさないで、この今の感じを、「どんな感じかな・・・」と観じ、その観じを、自分を通し、全身を 使って、出して行かせる「選択」をして、それを毎日「行動する体験」です。大きくふくらました「愛」をいっ ぱい差し上げる感じです。
 重い物をナントカしようと、重いものの方に意識を向けないで、重い物を持っている自分の肉体の感じ を「どんな感じかな・・・」と、観じて、その観じを、自分の肉体を通して、どんどんと出して行かせる、ある いは、全身を使って、大宇宙に差し上げるのです。
 すると、例えば、私が、自分の肉体を通して、「観じ」を差し上げていると、決めつけ、思いこみ、感じこ んでいる限り、どんなに重い人が、私に寄りかかっても、重くはありません。
 でも、寄りかかる人がいるのは不愉快ですから、そのように、自分の感じを、相手の人に伝えて、お互 いに気持ちよく、いっしょに楽しく過ごせるような対応をします。

 ◯人を非難、批判、否定して、人をナントカしない生活
 いいですか 。この人生の諸問題への対応も、自分や、世界中の人々の心身の健康への対応も同じで す。一般的に、人々は、この問題をナントカしよう、心身の健康をナントカしようとする選択をしています。
 同様に、自分が気に入らないことをする人がいたら、その人をナントカしようとします。あるいは、その 人を、よく思うようにしょうと試みます。
 ということは、自分が、この人を、ナントカしなければならない人、その人を、自分がよく思わなければな らない人。という「選択」をしたので、身の回りにいる、自分が気になる人たちを、ナントカしなければなら ない自分に、いつまでもコダワリつづけ、そのコダワリが、クセになって、日々の、自分の生活の「体験」 になります。
 この地上で、スバラシイ存在として、スバラシイ仕事をしている皆さんが、ご自分や家族の心身の健康 で、お困りの時に、心身の健康法を提案するのが、私の仕事です。
 でも、皆さんの、どこか、心身の悪いところを、ナントカして、治そうとはしません。 ある人のある症状 に対し、治療法は沢山ありますが、ケイシーのリーディングを基に、意識の働きを強調する方法で治療し ます。ですから、私が、肺の働きが落ちていますよと説明しても、肺が悪いから治しましょうという意味で はありません。肺は「目的」です。
 「知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働き」に、活性化させる目的(肺)をハッキリ指定して、私が、 自分で、自分を、「どんな感じかな・・・」と観じるのが治療です。
 で、誰でも、今すぐにできる私の提案。「世界中の人々の心身の健康」を目的にして、四六時中、無条 件で、「どんな感じかな・・・」と観じていたら、世界中の人々の心身が健康になり、自分を含めて、世界中 の人々が優しくなります。みんなでやりましょう。

 今、雨が降ってきました。私は、「世界中の人々の心身の健康」を目的にして、「大宇宙の生命・意識 の、知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働きの波動、リズム」に乗って、「上げる、上げる、いっぱい 上げる」と、全身、特に、骨盤をよく使って、観じながら歩きます。こうして、世界中の人々の心身を、いつ も、いつも健康にしているのです。 
 これか ら、重いリュックサックを背負って、傘をさして、何キロか歩きます。私は、傘を「差し上げる」感 じで、それを、「どんな感じかな・・・」と観じながら歩きます。
 傘を持ちあげて歩くと、「どんな感じかな・・・」と観じている体が、いやがります。
 両肘を降ろして、傘の柄を、小指で軽く握り、全身を使って差し上げます。活き活き、活き活きと差し上 げている傘の柄は、いつも、体の中心線の前にあります。こうして、「活き活き、活き活き」をいっぱい、自 分を通して差し上げながら歩きます。
 同様に、もし、私が、街をカートといっしょに歩く時には、うしろにあるカートを引っ張っては歩きません。 体が、疲れたり、痛くなるいやな感じがするからです。肘を降ろして、カートの柄を、全身で押しながら、 「あげる、あげる」と歩きます。カートをうしろから押すのではなく、カートといっしょに並んで歩いている感 じです。
 片手で、重い物を持って歩く時も、重いものといっしょに並んで「あげる」ように歩きます。こうして、いつ でも、世界中の人々の心身の健康を目的にして生活しています。 




光の指圧

 ◯空海大師
 私たちはみんなで、同じ「一つの生命」、同じ「一つの意識」、同じ「一つの活き活きとした知恵と慈しみ の働き」を生き、生活しています。この「一つ」を一言で言いますと、「波動」です。この波動は、「知恵と慈 しみの働き(エネルギー)」です。それは、この「大宇宙のありとあらゆる存在」として、この今ここで、活き 活きと働いています。
 私たちは、その働きを活かして生活するのは楽しみで、この地上に肉体を持ち、こうして、様々な人生 を体験しています。 
 そこで、私たち一人ひとりの人生は。それぞれに、いろいろなことが起きますが、そのときどきの、その 体験を、充分に祝福し。オモシロガって、楽しめばよいのです。
 もっとも、それぞれの人の、それぞれの体験は、私たち一人ひとりが、自分で、あらかじめ選択してい たものです。 あらかじめと言いましたが、波動の世界は、この今、同時に、宇宙中の「ここ」が振動して いますので、過去、現在、未来はありません。正確には、私たちは、いつでも、この今の自分の選択を体 験しているのです。この話は、いつでも、この今のすべてを、すんなりと、「どんな感じかな・・・」と観じ、す べてを祝福していると体験されます。
 この話は、考えてしまうと分かりにくいものです。考えは、「一つ」として展開している「知恵と慈しみの活 き活きした働き」を、便宜上覆って、「時間と空間と忍耐の体験」としての、物質世界の生活を、オモシロく 体験するようにしてみせてくれている、不思議な力です。 

 今日も、治療中に、お大師さんの話で盛り上がりました。生命、意識、知恵と慈しみの働きのエキスパ ートとして、日々に、私たちを導いていただいている、お大師さんのお名前の「空海」は、「宇宙中で働い ている活き活きした波動」が「空」で、「海」は、「意識」を表しています。
 そして、この今も、活き活き、活き活きと輝いて働かれています。

 ◯光の指圧 
 私の得意技に、「光の指圧」があります。今、ここに、自分として輝いている「光」って、「どんな感じか な・・・」と観じて、スゴイと感動する祝福の指圧です。
 これを習いに来る人たちは、「指圧」というコトバに惑わされ、どうしても、指に力が入ります。いいです か。確かに、指は使うのですが、指に力が入りますと、「一つ」として展開している知恵と慈しみの働きを 制限してしまいます。
 私たちが、不安や恐怖を感じたり、考えている時には、肩、肘、指に力が入り、固くなります。一方、喜 びに感動している時は、本来の、「大宇宙に輝いている光」としてのスバラシイ自分を表現しようとして、 肩、肘、指の力を抜き、この今の「輝いている自分」を、もっと感じようとします。これが、祝福を実際の体 験にする「光の指圧」です。 
 宇宙中に輝いている光としての私たちは、いつも、空海大師と、ピッタリごいっしょ。
 この人生は、お大師さんとともに歩みます。道中、困っている人として、姿を見せるお大師さんや、私た ちが困っている時に、いつでも、助けてくれる人としての大師さんにお会いして、助けられたり、助けられ たりを体験する祝福の遍路道。
 先日、空海に、ガンの患者さんに差し上げるお 言葉をお聞きしました。黄金に輝く、緑の山道に、空海 の声が響いていました。「私が、いっしょに歩いてあげるよ」。

 ◯疲れ知らず
 私たちの心も、体も、そして人生も。自分で、意識的にも、無意識的にも、使わない選択をしています と、使わないという状態のままの生活を体験します。
 肩、肘、指ばかりか、頭蓋骨、脊柱、骨盤、膝、足も、心も、感情も、そして、この自分自身も、生活も、 「積極的にゆるめている」という体験を選択しませんと、その体験を忘れたまま、ゆるまない状態で生活し ます。私は、これを、ゆるめない状態を選択して、生活する人生と言います。
 いいですか。「どんな感じかな・・・」は、「積極的にゆるめている」状態です。
 このままで、この今を「どんな感じかな・・・」と観じている積極的な行動体験です。
 「どんな感じかな・・ ・」は、「知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働き」の体験です。
 それは、「観じる」という言葉で表している、魂のよろこびの体験です。

 「光の指圧」は、「世界中の人々の心身の健康」と、人々のお役に立つ目的をハッキリさせて、「どんな 感じな・・・」を、具体的に観じる、積極的な祝福の行動体験です。
 それは、「観じる」という言葉で表している、魂のよろこびの体験です。
 いいですか。患者さんの体に、こりを感じましたら、そのこりなんかは、放っておいてください。そして、こ の今の、自分の体の感じを、「どんな感じかな・・・」と観じ、全身で、祝福、感謝、感動します。すべては 「一つ」。祝福する人は、祝福される人です。
 こうして、同じ「一つ」の生命、意識、愛の活き活きした働きをみんなが体験し、患者さんが選択してい た緊張、不安、悲しみ、怒り、コダワリなどの心身のこりも消えます。

 健康のために、足腰を鍛えるというコトバがあります。老化は足からともいいます。
 「光の指圧」は、指で圧すのではなく、骨盤で圧します。骨盤で圧す「光の指圧」をしますと、日頃は使っ ていない大腿部の筋肉が鍛えられます。また、足の裏や、足の指も充分に使いますので、指圧をする人 は、健康に良い運動をしていることになります。

 私たちが、日頃から、自分の肉体の感じを、「どんな感じかな・・・」と観じていますと、肉体がつらいこと やいやがることは、疲れるので、しなくなります。
 そして、どんな時も、自分を通して、愛の活き活きした波動を放射する選択をします。
 やがて、無理をしない身のこなしで生活し、心身ともに、愛にあふれて仕事をする祝福の経路になる状 態が身につき、無意識で人を助け、心身ともに疲れ知らずで生活します。
 こうして、祝福の遍路道を、お大師さんとごいっしょに、今日も歩いて行きます。 




健康オモチャをオモシロガル

 ◯クセ 
 私たちは、誰でもみんな、自分の選択を実際に体験する人生を生きています。
 私たちの選択は、自分の意識的な選択ばかりか、無意識的な選択も、無条件で確実に働き、実際の 生活体験になります。
 多くの人々は、自分が、無意識に選択しているものが、何か、に気がついていません。
 私は、この無意識の選択をそれぞれの人の「クセ」と言います。「クセ」は働者です。
 この無意識のクセは、前世から、生まれたときから、長い年月の間を通して肉体にしみこんでいる自分 の決めつけのクセ、自分の思いこみのクセ、自分の感じこみのクセです。
 人は、自分の無意識の決めつけのクセ、自分の無意識の思いこみのクセ、自分の無意識の感じこみ のクセと顔を突き合わせて生活する体験がオモシロくて人生をやっています。

 例えば、怒りは肉体のパワーそのものです。日常生活で、怒りを感じているのに、今、自分の肉体が感 じている怒りをないがしろにして、怒りを感じないように生活するクセのある人たちは、怒りのパワーが無 意識に肉体に働いて、高血圧や関節炎を体験します。
 いいで すか。ほとんどの関節炎の体験は、自分の怒りとストレスの無意識の抑圧です。

 自分の怒りをそのまま発散するクセのある人たちは、自分やまわりの人との付き合いがうまく行かない 生活を体験します。
 多くの場合、私たちは、自分のクセには気がつきませんので、自分ではなくて、自分の身近な人が悪い と感じこみ、目を三角にして、激しく責めます。これはよくある話です。
 そこで、無意識に、しかも、積極的に、その人を、いじいじと、いじめようとします。
 いじめは、自分はいつも正しいと思いこむ自分の無意識のクセの働きです。 いじめは、いつも、自分 ではなくて相手が悪い。相手に対して、自分がナントカしなければいけないと決めつける自分の無意識の クセの働きです。

 自分の周囲に起きている不正に対する自分の怒りを当然とそのままに受けとめて、自分の肉体が感じ ている怒りを、現に行われている不正に対して必要な対応をする活力にするクセの人々は、自分の怒り を、パワーフルでエキサイティングと観じながら生活します。
 自分の肉体が怒りを感じている場合でも、怒りのパワーをシッカリと受けとめていますと、お互いの共 通の目的に対して、「余裕のある優しさ」で対応する体験をします。
 このクセがつきますと、怒りをパワーフルに活用して生活しますので、どんな時にも、動じません。「余 裕のある優しさ」は、お互いの心身を健康にする強力な働きをします。

 ◯どんな感じかな・・・
 自分の無意識のクセに気がつく一つの方法があります。
 それは、自分の無意識の決めつけ、自分の無意識の思いこみ、自分の無意識の感じこみが「どんな感 じかな・・・」と、いつも、意識して生活するのをクセにするのです。
 今の感じを「どんな感じかな・・・」と、意識している状態を「観じる」と言います。
 私たちの「考え」は、「この今」を考えられません。過去と未来と空想が「考え」の特徴です。そこで、この 今を「どんな感じかな・・・」と意識で観じるのをクセにします。
 その「感じ」と「観じ」を頭の中で、コトバや考えに渡さないでください。「肉体のそのままの感じを観じま す」。これが、自分と世界中の人々の心身や生活を健康にします。

 私たちは、考えないでは生活できません。考えるのは大切なことです。どうぞ結論の出る問題だけを考 えて生活してください。すると、「こだわらない」日々が体験されます。
 この今は、ただ無条件で、そのままに感じましょう。その「観」が健康をつくります。

 自分の決めつけ、思いこみ、感じこみで、自分は、最高にスバラシイ存在と決めつけ、思いこみ、感じこ んでください。これを、自分の「理想をハッキリさせる」と言います。
 この今、「最高にスバラシイ自分」は、「どんな感じかな・・・」と観じますと、その「どんな感じかな・・・」が 働いて、自分と世界中の人々の心身と生活を健康にします。
 自分の「どんな感じかな・・・」を通して、「理想」が働く人、場、出来事を指定しますと、自分の「どんな感 じかな・・・」は、その人、場、出来事を活性化して働きます。
 自分の「どんな感じかな・・・」を働かせたい人、場、出来事をハッキリさせて指定するのを「目的をハッ キリさせる」と言います。理想は、その目的を活性化して働きます。

 ◯健康オモチャで楽しく遊ぶ
 「どんな感じかな・・・」を観じるのは、「のびのび ゆらゆら ゆっくり体操」をして、肉体の動きを観じる 体験をするのが一番です。考えない、がんばらない体操です。

  ヒマ}シ油の湿布に使う、私どものヒーターを製造している(株)日本理工に、「ホットブルーンDX」という 温熱バイブレーターがあります。私どもで売っています。
 ご存知の通り、脊柱の調整は、エドガー・ケイシーの健康法の重要な柱です。
 ケイシーのお勧め健康法に、脊柱に沿ってバイブレーターをあてる健康法があります。オイルマッサー ジの後、脊柱に沿ってバイブレーターをあてます。「世界中の人々の心身の健康」と目的をハッキリさせ、 睡眠の前にバイブレーターをあてますとよく眠れます。 

 温かいバイブレーターを、体に「そっとあてる」のは、とても気持ちの良いものです。
 私は、上向きに寝て、突起の部分の上に両足を乗せて「どんな感じかな・・・」、上部頸椎にあてて「どん な感じかな・・・」、バイブレーターの突起のない底の部分をお腹にあてて「どんな感じかな・・・」などが好き です。いろいろオモシロガって楽しみます。
 そっとあてて、「どんな感じかな・・・」。二分か三分あてたら、充分に満足します。健康は、この今の自分 の感じを「どんな感じかな・・・」と観じる選択とその体験です。         




静けさの「左右タッチ」

 ◯タッチ
 私は、治そうとはしない治療師です。
 皆さん一人ひとりは、ホントにスバラシイ「生命・意識」の働きを、活き活き、活き活きと生きています。
 そして、世界中の人々が、みんなで、同じ「一つ」の生命、同じ「一つ」の意識の活き活き、活き活きした 働きを生きている「一つ」なのです。
 その活き活き、活き活きした生命の働きを、良い方にも、悪い方にも制限するのは、私たち一人ひとり の、まったく自由な決めつけ、まったく自由な思いこみ、まったく自由な感じこみによる「選択」です。
 私たち一人ひとりの人生は、「自分の選択とその体験」です。
 私たちの「選択」は、日頃の「無意識のクセ」によって、自動的に行われます。しかも、その「クセ」は、 前世や、幼少時の体験からも、身につけてきています。
 私たちの心身の具合が悪いのは、私たち一人ひとりの「非難」、「批判」、「否定」、「疑い」を無意識に 選択し、それを具体的に体験している状態です。これは善悪・正邪ではなく、それぞれの人が、以前に身 につけた、単なる、無意識 の「選択のクセ」です。
 「フザケテ、自分より弱い立場にいる人のいやがることをする無意識の選択のクセ」が「いじめ」です。 「みんなで同じ一つ」の生命の活き活きした働きを制限する体験です。

 私の治療は、この今、「やさしさ」、「忍耐」、「辛抱」、「希望」、「祝福」という「生命の働き」を、みんなで 選択して、世界中の人々の心身を健康にするように、「一つ」の生命の働きを活性化させて「元気になる 選択をしている人」を治しているのです。

 生命は、いつも、オモシロがって治療をします。私も、オモシロがって治療します。
 私が、いつも、いつも、皆さんの前でやっていますね。私は、オモシロがって、「タッチ」という治療方法 で、皆さんを元気にしてみせます。
 いつものことですが、Aさんの体のひずみをとり、Aさんのこり・痛みなどをとりたい時など。例えば、スム ーズという、呼吸器に働きかける天然の松葉とユーカリのエッセンスを、誰か別の人や、私の前頭部に つけますと、Aさんの体のひずみがとれて、Aさんのこりや痛みが消え、Aさんは元気になります。
 私 埒ちは、みんなで、同じ「一つ」の生命、同じ「一つ」の意識を生きているので、Aさんの体に、スムー ズをつけても、同じ様に、誰か別の人や、私や、Aさん自身のこりや痛みはとれ、みんなで元気になりま す。これこそ、タッチが、心身を元気にする醍醐味。
 ただ、「世界中の人々の心身の健康のために、Aさんを元気にする」というように、あらかじめ、「一つ」 が働く「目的をハッキリさせる選択」をしておく必要があります。
 タッチは、意識、愛、神という波動・リズム、肉体、身の回りのモノ等も使えます。
 
 ○お釈迦さん
 先日の瞑想会で、お釈迦さんにお会いしてきました。やせ形で、手足が長く、ニッコリされている口元が ひろく、濃いめの段ボール色のお召しものでした。
 お釈迦さんは、轟音が轟き、しぶきがかかる滝壺のかたわらで、高いところに、白い雪の山頂が見え、 粉雪の舞う崖の上で、人々とごいっしょの時も、ひたすら、「静けさを観じる行」をされていらっしゃる方で した。
 そして、この一週間、私は、お釈迦さんにならって、「静けさを観じる行」をさせていただきました。「静け さ」というのは、肉体の感じです。「考えない」体験です。
 「この今、生きているって、どんな感じかな・・・」と、静かに観じている状態です。
 私が「静けさ」を感じているときは、「大宇宙」を感じるか、頭蓋骨の中全体を感じるか、おへその下2セ ンチ、その奥3センチのあたりをフワーッと感じます。「一つ」という感じを観じるのも、まさに「静けさ」で す。瞑想中は、今の、自分の呼吸を感じます。
 日々の人間関係で、むかむかイライラしている時は、今の自分の肉体の感じを、ひたすら「どんな感じ かな・・・」と観じます。いいですか。相手の人のことを感じるのではなく、今の自分の肉体の感じを「どんな 感じかな・・・」と観じるのが「静けさ」です。
 「静けさ」は、自分の人生や生活について感じる時も、この今、自分を通して働いている生命・意識の活 き活きとした感じを観じるのです。うまく行っていたら、うれしい。うまく行かなかったら、オモシロイ。今、 良い アとが起きている。ヨシヤッテヤロウです。
 このようにして、私が、「治そうとする選択」をしない治療師であるように、「人生をうまくやろう」とはしな い生活を選択して、いつも、自分の感じの方を観じています。
 ですから、良いことが起きるように、ナントカしょうとしたり、悪いことが起きないように、ナントカしょうと はしません。また、得をしようとか、損をしないようにしょうともしません。起きていることは、そのままに受 けとめて、「世界中の人々の心身を健康にする」という目的のために、この今、自分を通して働いている 生命を、静かに、「どんな感じかな・・・」と観じる生活を「選択」し、人々を元気にする「体験」をしていま す。

 さて、ここに、「左右タッチ」という、万能の、ヘンナ健康法があります。
 まず、どなたか「心身の健康な生活を選択している人」と、目的をハッキリさせます。そして、自分の左 右の手で、「静けさ」の感じをを観じながら、タッチされる役の人の左右どちらかの前腕の手掌側と、同側 の脚の内踝側を、右手、左手、左手、右手と、交互にタッチします。これを同側タッチと言います。
 次に、自分の左右の手で、タッチされる人の左右どちらかの腕と、その反対側の脚を交互にタッチしま す。これを交差タッチと言います。順序にはこだわりません。
 両手を使っての左右タッチに慣れますと、意識だけで、「静けさ」を観じながら、自分や誰かをタッチし て、自分自身と、まわりの人々や世界中の人々の心身を健康にします。
 おへそと、その背中側の脊椎をタッチする前後タッチ、前頭骨の生え際の上方と、尾椎の先端をタッチ する上下タッチ、また、左右の手で、左右のソケイ部と、左右の胸鎖関節を、同側タッチと、交差タッチを する方法などもあります。やってみてください。    




祝福、感謝、感動

◯自分の選択を体験してみているのが人生
 私たち一人ひとりは、それぞれに、「愛でいっぱいの働きを生きている魂」。自分の自在な選択で、「愛 の働き」を駆使し、自分を変化させ、その変化を体験する存在です。

 自分が、自分という「愛の働き」を実際に体験したくて、時期を選び、場所を選び、両親を選び、兄弟を 選び、おばあちゃんやおじいちゃんを選び、この肉体を選び、具体的な人生体験を選んで、ひとときの 間、この地上での生活を楽しんでいます。 

 自分の選択は、自分の魂が選んだこの人生を始めてからも、毎日、毎晩、意識的にも、無意識的に も、自分が、新しい選択をして、その選択を、実際に体験しています。
 私たちは、この地上で、肉体を持っている間は、自分の決めつけ、自分の思いこみ、自分の感じこみで 選択したものを、日々の体験にしていたいからです。
 ですから、この今の全部は、自分が選択した体験す。そこで、この今のすべてを、無条件で、「どんな感 じかな・・・」と、じっと、静かに観じるのが、魂の体験です。
 私たち一人ひとりは、これからも、自分の自由な決めつけ、自分の自由な思いこみ、自分の自由な感じ こみで、選択し、それを自分が体験する生活をします。

 ◯最高の人生 
 この人生で、誰でもが、間違いなく、「愛の働き」を体験する健康法があります。
 それは、祝福、感謝、感動を、いつでも、どんなときにも感じる日々を送る体験です。

 「祝福」は、「大丈夫。愛がいっぱい、活き活きと働いている」と肉体で感じる体験。
 「感謝」は、無条件で、完全に働いてくれている「愛の働き」を「ありがたい」と、肉体で感じる体験。 
 「感動」は、この今の「感謝」の感じを「どんな感じかな・・・」と魂で観じる体験。

 私たちの「生命」は、「意識」という「愛の波動の活き活きした働き」です。
 世界中の人々は、「同じ一つの生命」、「同じ一つの意識」、「同じ一つの愛の波動の活き活きした働き」 を、みんなで、生きている「一つ」です。

 祝福、感謝、感動は、私たちが、この今、こうして、時間と空間を超えて、ズーッと、連続しながら存在し ている「一つ」というスバラシイ存在の活き活きした体験です。
 当然、祝福、感謝、感動は、同時に行われ、一瞬で、宇宙のすみずみに働きます。
 この活き活きした「一つ」という存在が、無条件で、パワーフルに働く体験は、私たちが、祝福、感謝、 感動する選択をして、祝福、感謝、感動の暮らしをするだけなのです。

 ◯目的をハッキリさせる
 みんなで「一つ」のわたしたちは、いつでも、自在に、どこにでも、誰にでもある「愛の働き」を活性化し て、その時、その場、その人に働く「愛の働き」を活発にします。
 私たちは誰でも、この祝福、感謝、感動で、世界中の人を健康にすることができます。
 私たちが、自分で、愛が働く対象の人、場、出来事を限定しますと、「愛の活き活きした働き」は、その 限定したところで働きます。これを、「目的をハッキリさせる」と言います。ということは、「愛」は「私たちが 限定した目的」のところで、活発に働きます。
 このように、人は、「愛の働き」を、自分で、自在に働かすことができる存在です。
 私たち一人ひとりが、この「一つ」を毎日、どんなときにも、活き活きと働 クかせるのは、こうして、地上 で生きているという、喜びの責務を果たしていることになります。

 ◯活き活きした愛の働きを限定するクセ 
 多くの場合、「愛の働き」を限定するのは、私たち一人ひとりが、無意識に働かせている自分の自由な 決めつけ、自分の自由な思いこみ、自分の自由な感じこみのクセです。
 そこで、うっかりしますと、いつも、祝福、感謝、感動の働きを、私たちが限定し、その自分の限定を、 無意識に体験する日常を送り、これを、自分の一生の体験にします。

 自分や他の人々に対する、無意識の「非難」、「批判」、「否定」は、強い限定です。この強い限定は、自 分自身と他の人々に対して、ごく普通に行われています。善悪正邪、好き嫌い、損得、勝ち負け、成功失 敗、仕返し、過去の体験などへの「こだわり」です。
 この非常に強いクセは、無意識に働きますので、自分には、なかなか意識できません。
 自分が、「愛の活き活きした働きを表現し、それを体験しにきている魂である」という真実を忘れる選択 をして、自分が選択した限定から、離れられなくなる選択のクセです。

 この意識できない 「強いこだわり」のクセを、人々は、「トラウマ」とか「とらわれ」と言います。これらは、 自分の決めつけ、思いこみ、感じこみという意識されていない強いクセなので、それらが、自分の日々の 体験に反映しているとは、考えられていません。
 いいですか。この地上で、私たちは、自分が、大宇宙の偉大な働きを体験するスバラシイ働きをしてい ます。ところが、祝福、感謝、感動の働きのまわりに、自分のクセという覆いを掛けて生活する選択をし ますと、そのクセを、日頃の体験にしてしまうのです。

 私たち一人ひとりが、祝福、感謝、感動という新しいクセをつけて生活しますと、「すべては、一つの働 き」ですから、間違いなく、世界中の人々の心身が健康になります。
 そこで、私たちは、「世界中の人々の心身の健康」を目的にして、朝から、晩まで、「一つ」の存在、自 分の存在、自分の肉体の動き、自分の五感の感じ、自分の生活体験の全部、自分の過去、自分の未 来、自分の今日このとき、自分の心の動き、自分の感情の動きなどのすべてを受けとめて、無条件で、 祝福し、感謝し、感動するクセをつけます。
 このクセが「大丈夫。愛がいっぱい。活き活き働いている」という具体的な体験です。          




知恵と慈しみの働きをこき使う日々の健康

 ◯一つの生命、一つの意識
 私たちの生命は、意識です。
 この今、世界中の人たちがみんなで、同じ一つの生命、同じ一つの意識を生きています。
 今、こうして生きている私たちの生命は「知恵という働き・慈しみという働き」です。
 いいですか。私たちは、みんなで、同じ一つの知恵の働き、同じ一つの慈しみの働きを生きて、その働 きを体験する生活をしているのです。

 私は、多くの方から「魔法使い」と言われます。
 ここにいながら、会ったこともない世界中の人たちの心身を健康にしているからです。
 私は、魔法を使っているのではなく、宇宙に遍万し、「一つ」として展開している「知恵と慈しみの働き」を 使っています。その「働き」が人々の心身を健康にしてくれます。
 私は、その「働き」が私の心身を通して働かれるようにして、人々を健康にします。

 その「知恵」と「慈しみ」を、自分が自在に働かせる方法を体験し、身につけ、仕事や健康法など、日々 に活用する生活はいかがでしょうか。豊かさと健康を体験します。
 実は、皆さんも、この今、この地上で、間違いなく「知恵と慈しみの働き」を使って生活しています。
 私たちの魂は、時間、空間、忍耐(愛)を体験するというオモシロイ選択をして、この今、この地上で、肉 体を持ち、自分が選択する自分の自在な決めつけ、自分が選択する自分の自在な思いこみ、自分が選 択する自分の自在な感じこみを、自分が実際に体験するというオモシロイ生活をしています。
 このすべての働きは「すべてで、一つの生命・意識」の「知恵と慈しみの働き」です。
 ただ、人々は、自分はこのままで、「知恵と慈しみの働き」なのだとは知りません。そこで、自分が「知恵 と慈しみの働き」を、日々に活用している感覚がありません。
 人々が、この「働き」を積極的に体験しないのは、単に、この「働き」を意識して、具体的に使う体験に 慣れていないからです。
 私は、この「働き」を「世界中の人々の心身の健康」に 活用していますが、私たちみんなが、この「働 き」を活かしますと、世界中の人々が、「平和と幸福」を体験します。

 ◯「働き」を体験する具体的な方法 
 この「働き」は、無条件の働きです。自分が考えてナントカする必要はありません。
 この「働き」を活かすのは、私たち一人ひとりが選択する「自分の決めつけ、自分の思いこみ、自分の 感じこみ」です。
 多くの人々は、自分が無意識に選択した「自分の決めつけ、自分の思いこみ、自分の感じこみ」を無条 件で、実際に体験しながら生活しています。
 私たちが、「自分の決めつけ、思いこみ、感じこみ」を次のようにしますと、日々に、私たちは、「知恵と 慈しみの働き」を実際に体験して生活していると気がつきます。 

 ・私たちは、この今、何をしなくても、このままで、この「すべてで、一つ」の「知恵  と慈しみの働き」な のだと、全身で、静かに実感します。その静かな実感を「知恵と慈しみの働き」に観じてもらうのが「観」で す。「観」は「働き」そのものです。
 ・「知恵と慈しみの働き」が私を通して、今のこのままを観じています。
 ・「知恵ってどんな感じかな・・・」。そ フ感じを全身を通して観じます。
 ・「慈しみってどんな感じかな・・・」。その感じを全身を通して観じます。
 ・今、このときの自分の肉体とその動きを「どんな感じかな・・・・」と観じているとき、私たちは、この「働 き」を働かせているのです。
 ・今、このときの自分の感情を「どんな感じかな・・・」と観じているとき、この「働き」を働かせているので す。
 ・「観じる体験」の前後に、この「働き」が働く人や場をハッキリさせます。すると、  ほとんど同時に、私 たちがハッキリさせたその人、その場で働いている「働き」が活性化します。これを、「目的をハッキリさせ る」と言います。
 ・その「働き」に感謝します。 
 私は、「ワースゴイ」とか、「うれしいな、うれしいな、うれしいな、うれしくて、うれしくてしかたがないよ」と か、「神の栄光」などを全身で感じて感謝します。
 ・私たちの感謝によって、「知恵と慈しみの働き」が結果を出してくれます。
 日々に、この「働き」を観じて、これをこき使っていますと、自分こそがこの「働き」なのだという感覚があ り、心身ともにリラックスし、安心感・充足感が体験されます。
 いいですか。「幸福」という体験は、この今、自分が、このような「スバラシイ存在」と決めつけ、思いこ み、感じこみ、そのように、自分らしく行動する生活を選択し、そのように、自分らしく行動しつづけて行く 状態です。その状態をオモシロガルのが人生。
 例えば、私は、「世界中の人々の心身の健康」のために、「背中と肩で喜びながら歩け、歩け」とお勧め するのが仕事です。「喜びってどんな感じかな・・・」と歩きます。
 自分でも、朝から夜まで、日に2万歩位は歩いています。そして、人は、寝ていても歩ける。座っていて も歩けると、長い年月の間、言いつづけています。そこで、朝、目が覚 めたらすぐに、床の中で、うれしい な、うれしいなと歩き始めます。当然、朝のお通じがよく出ます。こうして、世界中の人々の心身を健康に して、オモシロガっているのです。
 私は、前へ歩くとき、踵の外側から着地して、5本の足の指と母指球で、地球を、うしろに押して、この 「大宇宙」を動かしながら歩きます。
 私は、右足で地球を押す時、右手いっぱいの「喜び」を、完全に緩めた全身を使って、「うれしいな、う れしいな」と、この「大宇宙」や、人々に差し上げながら歩きます。
 すると、ホント、この働きが、具体的に、自分を含めて、人々の心身を元気にします。
 どうぞ、日々に、「知恵と慈しみの無条件の働き」を使って生活してみてください。    




誰でもが、歩く治療師

 私たちが、「物質現象」に目を奪われて、ごく普通に考えている「宇宙」ではなく、「生命現象」を含めた、 この「大宇宙」は、「物質現象」とともに、「全部で一つ」の「生命」という「意識」の「活き活き、活き活きした 波動の働き」です。
 人々は、この具体的な、「活き活き、活き活きした生命の働き」を「愛」と言います。
 「愛の活き活き、活き活きした具体的な働き」を観じますと、それは、この今、間違いなく、「誰でもみん なが、同じ一つの生命を生きている」という「信頼感」です。
 いいですか。私たちの「信頼感」は、「この今の、活き活き、活き活きした、具体的な働きそのもの」。こ のまま、「知恵と慈しみの働き」という「生命現象」そのものです。
 私たちが普通に考えて、なんとも頼りない存在と感じられてしまう、この自分が、自分を含めて、「世界 中の人々の心身の健康生活」のような「生命現象」をナントカしようとするのは大仕事。一方、自分の全 身で、「全部で一つの生命の働き」に対する「信頼感」を観じ、「信頼感」そのものに、働いてもらう生活法 があります。この今、 全宇宙を具体的に動かしている、生命・意識の活き活き、活き活きした力は、自分 を通して働きます。
 この「信頼感」を観じるには、「生命」が「この今、自分を通して、活き活き、活き活き働いている」と、い つも、具体的に、肉体で感じながら生活するクセをつけるのです。

 それは、「活き活き、活き活き」という「生命・意識の働き」を、全身で具体的に感じながら、その「活き活 き、活き活き」を、自分の肉体を通して、「大宇宙」に還流させる「選択」をして、「活き活き、活き活き」を、 実際に「体験」する生活です。
 心身の通りを良くするため、自分の今の感情と考えをスッカリ、「大宇宙」にアゲテ、この「生命」を生き ているカラッポの自分って、「どんな感じかな・・・」と観じます。
 これは簡単。例えば、私は、家の中でも、外でも、この今の、私を生かしている生命の、「活き活き、活 き活きした波動、リズム、働き」を、自分の全身の動きを通して、「大宇宙」に、「ある、ある。いっぱいあ る」とか、「アゲル、アゲル。いっぱいアゲル」とか、「活き活き、活き活き」と、具体的に、全身で感じなが ら、歩いています。

 私は、「歩く治療師」です。私たちが、「ある人の、ある症状」と、「目的をハッキリさせて歩きます」と、 「信頼感」が働いて、その「目的の人の心身」が健康になります。
 実際に、私は、毎日、歩いて、「人々のお役に立つ選択をした世界中の人々の心身」を「信頼感」に働 いてもらう「目的」にして、人々の心身を、具体的に健康にしています。
 例えば、初めての方の、電話での健康相談の場合、多くの人々が、私と会ったことがないし、私も、お 名前、住所、生年月日、それに、その方のお困りの症状しか知りません。でも、私たちは、みんなで、「全 部で一つ」の「生命・意識の活き活き、活き活きした働き」を生きている「一つ」なのです。どなたかが、そ の方の症状を「目的」にして、「生命・意識の働き」への「信頼感」を感じながら歩けば、「目的」の症状が 改善されます。
 私は、何十年もの間、人間は、寝ていても、座っていても、ただ立っているだけでも歩けると言い、皆 さ んにも、膝と骨盤をゆるめ、首筋をのばして歩いていただいています。
 こうして、大勢の方々と、この今も、「人々のお役に立つという選択をしている、世界中の人々の心身を 健康にしている」のです。いいですか。私たちは誰でも、どんな状態にあっても、いつ、どこにいても、この 今、どんな姿勢でも、「首筋をのばし、両膝をゆるめて骨盤を動かし、両肘をおろし、全身を使って」、チャ ンと歩くことができます。

 この人生は、「自分の選択とその体験」です。
 多くの人は、自分が、「どんな時にも、どんな姿勢でも歩ける」という「選択」をしないので、「どんな時、ど んな姿勢でも、歩かない生活」を「体験」にしているだけです。
 私が、皆さんの前で、いつもの実演をする時には、大きく、大げさに歩いて見せます。
 実際に治療している時には、患者さんの体をマッサージしながら、ごくごく小さく、小さく、のびのび、ゆら ゆら、ゆっくり、膝と骨盤と肘をゆるめ、首筋をのばし、全身で歩きながら、「世界中の人々の心身の治 療」をします。すると、患者さんも、自分自身も、「世界中の人々の一人」なので、みんなが、心身の健康 を、具体的な体験にするのです。

 また、私が、椅子に座っている時とか、電車の中で立っている時に歩いていても、周りの人は、私が、 歩いているようには見えません。のびのび、ゆらゆら、ゆっくりと、小さく、小さく、骨盤、脊柱、肩甲骨、肘 や膝、顎、手足と、全身を動かして歩いているからです。でも、汗がでるほどに、「ある、ある。いっぱいあ る」と、歩いているのです。
 と、言うことは。この今、「世界中の人々の心身の健康な生活」を目的にして、「歩く選択」さえすれば、 ご自分が、この今、全身の関節が痛んでいる人でも、半身が麻痺していて、装具をつけている人でも、両 足がない人でも、間違いなく、「世界中の人々の心身の健康」を「目的にして歩く」という、この人生で、誰 でもが、最も体験したい貴重な、祝福の体験をします。いいですか。私たちは、このままで、みんなが、歩 く治療師です。

 どうぞ、「信頼感」とともに、全身で、生命のリズムに乗って、一日に何回でも、各関節を1 ミリでも動か して、あるいは、あたかも動かしているかのように、活き活き、活き活きと歩いて、「世界中の人々の心身 を健康にする」という「選択」を、「実際の体験」にしてください。「大丈夫。この今、いいことがいっぱい起 きている。うれしいな」と、ホントに歩いてください。これが、皆さんの、今日の「祝福の体験」です。 
 これを習慣にしますと、自分の人生、生活、心身の健康などの生命現象に問題が起きても、不思議な ことに、その問題を解決するアイデア、工夫、チャンスが、「一つ」として展開している「大宇宙」の「活き活 き、活き活きした働き」からどんどんやって来ます。
 すると、私たちは、どんな時も、心身ともに、元気で、活き活きと暮らしていけます。

 今日も、「この大宇宙を活性化する選択」をしている、私たち歩く治療師は、「世界中の人々の心身の 健康」を「目的にして」、寸暇を惜しんで、せっせ、せっせと歩きます。      




今、赤ちゃんの時を体験する

 ◯この今、みんなで、同じ生命、同じ意識を生きている
 私たちは誰でも、みんな、「永遠を生きている生命」という存在です。
 生命があるということは、意識があるということです。意識があるということは、生きているということで す。
 この今、私たちが、こうして、「永遠を生きている」という状態は、私たち一人ひとりの過去、現在、未来 が、ここに、同時に存在しているという意味です。
 永遠の中に、過去、現在、未来は、全部あります。そこで、「この今」の中に、私たち一人ひとりの過 去、現在、未来の選択と体験の全部があります。
 この大宇宙は、「一つ」の「生命・意識の活き活き、活き活きした波動の働き」です。私たちは、みんな で、こうして、同じ一つの生命、同じ一つの意識を生きているのです。

 これを、簡単に説明しますと、私は、ゲームや勝負事をしませんので、不都合な説明をするかもしれま せんが、皆さんは、インターネットで、ゲームを楽しまれますか。
 例えば、「自分の人生」という、ゲームを選択しますと、そのソフトの中に、「自分の人生」の全部があり ます。私たちが、その「自分の人生」というゲームを始めますと、すぐ、自分が選択し、体験した「過去」が 発生します。その体験は、全部記録されます。ということは、「過去」は、「自分の人生」というソフトの、 「今ここ」、に在ります。
 実際の人生の場合、過去の体験は、自分の潜在意識に、全部記憶されます。実は、私たち一人ひとり の潜在意識は、奥の方で入り交じり、みんなで同じ意識となって、最後は、大宇宙の「私は存在している という意識」の壮大な「一つの生命」が生きているのです。
 そして、この今、私たちは、自分が、その先の体験を選択していない、あるいは、自分が、これから自 分の「未来」を選択しようとしている、自由な「この今現在」にいます。
 いいですか。今。これから、私たちが選択しようとしている未来の体験は、まだ、私たちが選択していな いだけで、このゲームソフトの中に用意され、全部、存在しています。

 同じように、「この今の人生」というゲームで、私たちが、「今」、自分で、これから、自分が体験したい 「目的」を、自由に選択すれば、自分が、これから体験できる「自分の未来」は、「ここ」、自分が、今、遊 んでいるゲームソフトの中に、全部あります。
 このように、今、ここに、この人生の過去、現在、未来は、同時に存在しています。

 こうして生活している私たち一人ひとりの、それぞれの選択と体験が、「一つ」として展開している、悠久 の大宇宙の生命と意識の、「生きてる具体的な体験」になります。
 この「一つ」の「生命・意識」という偉大な存在の「活き活き、活き活きした知恵と慈しみの働き」を、自分 が生きている日々の具体的な体験にしたくて、この地上で、肉体を持って生活する選択をし、その選択 を、こうして、実際に体験しているのが私たちです。
 「私たちは、みんなで選択した、二度とは体験できない、貴重な、貴重なこの今」を、無意識で、ごく普通 に体験しています。
 そこで、私は、皆さんに、ご自分が、この今、これから選択する、自分の人生体験というゲームに、その 「全部」として存在している「一つの私」の「栄光の働きを体験」するという選択をして、積極的に活かして 生活しませんかという提案をしているのです。

 ◯自分の過去を見る
 私たちは、今生の体験を終える選択をして、その体験を始めますと、今回、この地上に生まれる選択を した時から、これまでの、 この生涯の体験を、一瞬で、ズーッと見ます。
 この一生の、自分の選択とその具体的な体験を反省するのです。
 「反省」とは、自分の選択とその体験を、そのまま、ズーッと、「よけいな考え無し」で、再体験する作業 ですから、他の人や自分を、非難、批判、否定する選択はしません。

 「考え」は、「この人生」というゲームソフトの中で、肉体を持って生活するための「選択とその体験の道 具」です。
 「考え」は、「偉大な私」の一部が、「私」の選択を体験にするために、過去と未来という時間と、数と距 離という空間がある世界で、肉体を持っている間の必要な体験です。

 ◯赤ちゃんの時を活かす
 私たちは、この今、「自分の過去の選択」を、「未来に向けた新しい選択」に、変換するのが自由です。 「自分のこの今」の中に全部がありますので、いつでも大丈夫。
 私は、どなたかの心身の具合の悪いのを、考えて、「ナントカして直そう」としているのではありません。 私たちの未来の体験を、私が、「この今を感じて」変換しています。
 「世界中の人々の心身を健康」と、「目的をハッキリさせ」、「一つ」として存在している「私」とおしゃべり しながら、「偉大な生命・意識の活き活き、活き活きした働き」を、私が、自分 フ全身を「どんな感じか な・・・」と、具体的に観じて変換するのです。
 誰でも、赤ちゃんの時は、「考え」に制限、制約されることなく、この今、「生きているって、どんな感じか な・・・」と、全身を通して観じています。そこで、この今を、そのままに、泣き、笑い、怖れ、怒り、きばり、 自分の感じを自由に表現します。
 この今、「生きているって、どんな感じかな・・・」と観じているのが、あの「偉大な私」ですから、この今、 を観じるのが、私たちの心身の元気です。そこで、赤ちゃんが、手足をばたばたさせて喜ぶように、「どん な感じかな・・・」と観じるのは、私たちの、最高の健康法です。上向きに寝て、下向きに寝て、座って、立 って、といつでも、動けます。赤ちゃんは、速く動きますが、私は、小さくゆっくり動いて、人々を元気にし ます。
 同じことです。私は、ある人が、意識的にも、無意識的にでも、ご自分の過去の選択によって、今、体 験している心身の具合の悪い状態に対し、赤ちゃんの時から今まで、上手に体験されていない喜び、不 安、怒り、怖れ、悲しみなどの記憶があれば、「その人の元気な生活」と、目的をハッキリさせ、私が、そ れらを体験して、その人を元気にします。   




「一つ」に求め、人に求めない

 ご存知の通り、私は、治そう治そうとはしない治療師です。
 でも、患者さんが、とてもよく治ってくれるのは、私は、自分の患者さんが治るのを求めて、ナントカしょ うとして、治療しないからです。 
 ではどうして、私の患者さんが、よく治るのでしょうか。 

 私たち、一人ひとりは、全く自由に、自分の決めつけ、自分の思いこみ、自分の感じこみを体験してい る、ホントに、何とも言えないスバラシイ、自由な存在です。
 私たちが、心身の具合の優れない体験をするのは、私たちの日頃の決めつけ、無意識の思いこみ、い つもの感じこみのクセで、自分の心身の具合が悪くなる選択をし、それを、毎日の生活の中で体験して いるからです。

 そして、この世界は、一つの生命、一つの意識、一つの愛という、活き活きした「一つの波動の働き」で す。私は、これを「知恵と慈しみの活き活きした働き」と言います。その「一つ」という「波動の働き」を、尊 敬し、信頼して働かせるのが、私の治療です。

  こんな具合です。無条件 で、何のてらいもなく、私は、自分の存在を、何ともスバラシイ存在と、決 めつけ、思いこみ、感じこみます。これは、単に、日頃の、私のクセです。
 皆さんの存在も、同じ。誰でもみんな、一人ひとり、まあ何ともスバラシイ存在です。
 私は、自分というスバラシイ「知恵と慈しみの活き活きした働き」の中から、患者さんの心身が元気にな る方法を目的にして取り出し、元気体験を求めて「一つ」を働かせ、私と患者さんばかりか世界中の人々 が、みんなで元気を体験するような治療をするのです。
 これは、「一つ」という「知恵と慈しみの活き活きした働き」が、具体的に、働かれるのですから、私たち の元気は、同時に、世界中の人々が元気になる体験です。ところが、多くの人々は、そのスバラシイ選 択をしないので、それを、自分の体験にはしません。
 ですから、ある一人の心身の具合の悪い方が、元気を体験するのを「目的」にして、ご本人を元気にし ても、私が、自分自身を元気にしても、まわりのどなたかを元気にしても、「目的」の具合の悪い方の症 状がとれ、私たちは、みんなで元気を体験します。
 この方法は、もう25年も前から、超「意識活用体験会」でお教えしています。この体験会に参 ゚チされま すと、皆さんが、ご自分や、まわりの人々を元気にする体験をします。

 この今、一人の人の、一つの症状を和らげる方法は、それこそ、無限にあります。
 私自身は、エドガー・ケイシーの健康法を基にして、生命、意識、愛という「一つの働き」を活用する治 療師です。そこで、超「意識活用体験会」でも、治療においでになっても、定期講習会に参加されても、そ の方法を、皆さんに体験していただいています。
 一人ひとりが、「一つ」に求め、みんなで、「一つの働き」を体験するのが人生です。
 私たち一人ひとりは、このままで、ナントカしょうとしなくても、間違いなく、この今の今、生命、意識、愛 です。そして、誰でも、毎日、毎日、生命、意識、愛を働かせて生活しています。人々は、そういう、なんと もスバラシイ自分に気がついていないのです。
 自分は、ナントカして、生命、意識、愛になりたい、なんて考える必要はありません。生命、意識、愛と は何か、などとも悩みません。その働きは、素直に活用するものです。

 「どんな感じかな・・・」と、観じてください。私は、いつも皆さんにお願いしていますね。そして、いつもの、 祝福、感謝、感 動を観じながら、背中の両肩甲骨で喜びます。
 このとき、自分の肉体の感覚器官を通して観じているのが、私たちみんなの生命、意識、愛です。しか も、私たちは、自分が「どんな感じかな・・・」と観じているとき、生命、意識、愛という「一つの働き」が、具 体的に働いている体験をしているのです。
 多くの人たちは、いつも、自分が、こうして、具体的に生命、意識、愛という「一つの働き」を、自然に、 働かせているのに、気がついていません。この働きは、無条件です。
 私が、皆さんの心身の具合が悪いのを良くしているのは、私が、意識して、この今、自分の肉体は「ど んな感じかな・・・」と観じ、誰に、どこに、何にと「目的」をハッキリさせて、感謝し、生命、意識、愛を、そこ に働かせているからです。
 皆さんが、何かの匂いを嗅ぎながら、考えるまえに、「どんな感じかな・・・」と、純粋に嗅覚を働かせてい るなら、このとき、生命、意識、愛が働いてい Dます。感謝します。
 皆さんが、何かを見ながら、考えるまえに、「どんな感じかな・・・」と、純粋に視覚を働かせているなら、 このとき、生命、意識、愛が働いています。感謝します。
 皆さんが、何かの音を聞きながら、考えるまえに、「どんな感じかな・・・」と、純粋に聴覚を働かせている なら、このとき、生命、意識、愛が働いています。感謝します。
 皆さんが、何かを味わっているとき、考えるまえに、「どんな感じかな・・・」と、純粋に味覚を働かせてい るなら、このとき、生命、意識、愛が働いています。感謝します。
 皆さんが、何かを肌で感じながら、考えるまえに、「どんな感じかな・・・」と、純粋に触覚を働かせている なら、このとき、生命、意識、愛が働いています。感謝します。
  皆さんが、肉体を動かしながら、考えから離れて、静かに、「どんな感じかな・・・」と、観じているなら、こ のとき、生命、意識、愛が働いています。感謝します。
 不安、怒りなどの情動も、「どん な感じかな・・・」と観じて「一つ」を働かせます。  感謝したら生命、意 識、愛が働く「目的」をハッキリさせます。すると目的の人、目的の場、目的の出来事にもともと働いてい る「一つの働き」が活性化する体験をします。
 これは、心身ともに元気になる体験です。同時に、世界中の人々を元気にします。
 この「一つの働き」を、覆い、制限しているのは、自分や、人々をナントカしょうとする、私たちの無意識 の決めつけのクセ、無意識の思いこみのクセ、無意識の感じこみのクセです。それならばと、自分や人 びとのクセをナントカしょうとするのが無意識のクセ。
 いいですか。自分や、自分の身のまわりの人々のクセなんかナントカしなくてもいい。
 「愛がいっぱいの活き活きした働き」を「どんな感じかな・・・」と観じてください。
 そして、目的をハッキリさせ、そこに、活き活きと働く生命、意識、愛に感謝します。  




ある、いる、なる、する

 ◯理想と目的をハッキリさせる
 先日、スタッフに、どうして、患者さんの中に、頸椎がうしろに湾曲して、固くなっている人が多いのです か、と聞かれました。 
 私は、常日頃から、心身ともに、元気のでない多くの方々の首の骨のつながりが、うしろの方に湾曲し て、固くなり、よく動かない状態になっている頸椎の調整をしています。
 人間の頭はビックリするほど重いのです。その重い頭を、全身に健康エネルギーを送る神経と、血管 の通路でもある首が支えています。その首が固くなっているのに、私たちが、心身ともに、快適に生活し ようとするのは、無理な話です。
 治療そのものは、「理想」を働かせば、すごく簡単。首は、すぐに柔らかくなります。
 例えば、私が、自分の「理想」を観じ、自分で頭と首の体操をします。そして、その方の頸椎を、「理想」 に働いてもらう「目的」にするだけで、その方の頸椎はゆるみます。
 そこで、私は、世界中の人々の心身の健康(目的)のために、頭と首の体操をします。
 でも、その方が、ご自分の「理想」をハッキリさせ。その「理想」を観じながら、ご自分でする、毎日の体 操と運動が、ご自分の頸椎を柔らかくし、元気な生活を体験します。

 エドガー・ケイシーを研究する人によって、言い方が違いますが、ケイシーのリーディングが勧める世界 中の人々の心身の健康法は、簡単に言えば、次の四つに集約されます。
 ○理想と目的をハッキリさせる
 ◯肉体を活性化させる食物を選択する
 ◯肺、大腸、腎臓、皮膚からの排せつの系路をきれいにして、その働きを活発にする
 ◯脊柱の調整をして、神経を活性化し、各臓器の生命エネルギーの働きを強くする 
 これは、このままで、私たちが病気になったときの治療法になります。
 皆さんの固くなった頸椎を柔らかくするのも、頸椎を固くならないようにするのもこの四つの健康法を生 活して対応します。この対応が、世界中の人々の心身を健康にします。

 理想は、自分は、自分が理想とする最高にスバラシイ存在とハッキリ決めることです。
 いいですか。「自分を通して、愛が活き活きと働いている」というのが私の理想です。
 私は、「自分は、愛を活き活きと働かせるスバラシイ存在」と、全く無条件、何の理屈もなく、そう決めつ け、そう思いこみ、そう感じて、理想を働かせているのです。
 いつでも、私は、自分が、愛でいっぱいを働かせているスバラシイ存在であると感じ、あるいは、愛でい っぱいといういスバラシイ存在でいると感じて、自分の理想をハッキリさせています。そして、「うれしい、う れしい、うれしくて、うれしくてしかたがない」という感じで、背中の左右にある肩甲骨を、天使の羽のよう に小さく動かして喜びます。私が皆さんを元気にしてさしあげられるのは、こうして、理想に働いてもらうか らです。
 この今、自分が、どうあるか、いるか、が「理想」。そこで、この今の自分を、「どんな感じかな・・・」と観じ ているのが「理想」です。私たちが、自分の「理想」をハッキリさせ、「どんな感じかな・・・」と観じますと、 「理想」は、自動的に働く活力です。

 この今、自分が、「理想」といっしょに、何になる体験をするのか、「理想」といっしょに、どうする体験を するのかを自分で選択して、ハッキリさせるのが「目的」です。
 「目的」は、「世界中の人々の心身の健康」のために、今日は、どこで、どんな体験をする。何時に起き る。どんな体操をする。どんな食事をする。どの道を通る。どの電車に乗る。どこで、どんな仕事を、どの ようにする。帰り道に何をする。というように、自分を通して、「愛(理想)」が働く人とか場をハッキリさせて 指定するのが「目的」です。
 すると、私たちは、「愛(理想)」が、全く無条件で、その人とか、その場で、活き活きと働いてくれるとい う具体的な体験をします。自分が、「目的をハッキリと選択」したら、自分の生活の中で、「理想」が、自動 的に働いてくれるのを実際に体験します。
 いつでも、この今、「理想」が活性化して働いてくれる人、場所を、誰に、どこに、何にとハッキリさせて 生活してみてください。「理想」は、その人、その場、その仕事で、即座に働きます。そこで、「目的」をハッ キリさせたら、すぐに感謝するのがコツです。
 うまく行かなかったら、「理想」といっしょに、うまく行かない体験をしただけ。善悪、正邪、好き嫌いなど にとらわれないで、「理想」といっしょに大笑いします。
 いいですか。うまく行かなかったこの今すぐ。これから、「理想」といっしょに体験したい「目的」は何です か。ハッキリさせてください。そして、感謝。こうして、いつでもどこにいても、私たちは「世界中の人々の 心身の健康」のために「理想」を働かせます。
 この人生は、スバラシイ自分が、全く自由に決めつけ、全く自由に思いこみ、全く自由に感じこんだ選 択を、日々の生活の中で、実際に、自分で体験するという「喜び」です。
 宇宙はスバラシイ存在として「ある」。選択を体験する「なる」自分が「いる」。 

 ◯この今、あなたの関節はどんな感じですか(自分の感じを観じる体験)
 日々の脊柱の調整は、ヒマシ油の湿布、オイルマッサージ、体操がやってくれます。
 特に、運動や体操は、みなさんが考えるよりも、心身の健康に効果があります。
 エドガー・ケイシーが勧めるめる運動は、歩く、泳ぐ、自転車をこぐなどでした。
 これら全部の健康を増進する運動は、立っていても、座っていても、床に寝ていても出来ます。もったい ないことに、人々は、自分が、自宅や、病院など、ベットで横になっていても、座っていても、立っていても 運動が出来ることを知らないので、しないのです。
 やってみてください。呼吸が荒くなり、汗もかきます。私は、朝、床の中で、歩く、泳ぐ、自転車をこぐどこ ろか、スキーやスケート、木登りまでやってから起き上がります。

 立つ 
 頸椎がゆるんで、ネコの首のように柔らかくなる生活をしましょう。「理想」を働かせながらやってくださ い。これで、ホントに、誰でも、心身ともに元気になります。
 一言で言いますと、頭を肩の方に沈めないで、いつでも、肩から離して、すっと、上の方に、伸ばすよう にして生活します。顎は、挙げてもひいても、左右に傾げても大丈夫。
 立っている時には、両膝をゆるめ、ゆるんでいる感じを観じながら生活します。膝がゆるんでいないと、 骨盤が固くなって、外からの影響を受けやすく、心身ともに疲れます。
 起きている時も、寝ている時も首筋を伸ばします。やってみると分かります。ケイシーが言う感覚神経 系が活性化し、舌が口腔中に浮き、頭蓋骨、頸椎、肩背部が全部軽くなります。すると、いわゆるコリが なくなり。姿勢も良くなって前向きの生活を体験します。
 日常の生活の中で、理想を観じて、活き活きと働いてもらう自分の頸椎(目的)をハッキリさせたら、小 さな子供がヨロコブように、左右の肩甲骨をよくまわして感謝します。
 頭を肩から離すように伸ばして、両方の肩甲骨を交互に左右に動かしたり、広げたり、すぼめたりして 喜びます。今、自分の肩甲骨(目的)が「どんな感じかな・・・」です。
 すると、理想は、喜んで、目的の頸椎と肩甲骨を活性化し、柔らかく元気にします。

 頭と首の体操(感覚器官を活性化する体操)
 この体操は、頸椎の筋肉を柔らかくします。クビスジは、伸ばしながら動かします。
 毎朝、外気を取り入れ、外気の中で、立ってやります。膝をゆるめ、首筋を伸ばして、「太陽を東から昇 らせて、西に沈めているのは私だ」という感じで。ゆっくりやります。
 瞑想の前や湯船にひたりながらやる時には、座ってします。のびのび、ふんわりです。 一つの動作を 3回ずつやります。3回ずつ、次のように感じながらやってください。
 ・一回目、私を通して、愛がいっぱい。活き活き働いています。肩甲骨で喜びます。
 ・2回目、私を通して、まわりの人たちは、皆、愛でいっぱい。肩甲骨で喜びます。
 ・3回目、私を通して、世界中の人たちは、皆、愛でいっぱい。肩甲骨で喜びます。 毎朝、そして、瞑想 の前に、「愛でいっぱい」でする頭と首の体操は、次の通りです。
 ・頭を前に3回、顎を、軽く引く感じです。
 ・うしろに3回、顎を、軽く挙げる感じです。
 ・左右どちらかから、3回ずつ、顎を傾げて、顎で、天井を、軽く指す感じです。
 ・左右どちらかから、3回ずつ、ゆっくり、のびのび、ふんわりとまわします。
 この体操になれましたら。同じ体操を、顎が動かないように両手でおさえてやります。すると、頸椎と、 膝と骨盤が、柔らかく、よく動 Tォます。 

 歩く・自転車こぎ(手足・肘膝を動かすように骨盤と脊柱を動かします)
 普通に歩くのも、実際に自転車に乗るのも良い運動です。
 お勧めするのは、立っていても、座っていても、腰掛けていても、また、上向き、下向き、横向きと、どん な姿勢で寝ていても、いつでも、どこでもできる質の良い運動です。
 これは、あまりにも簡単。自由自在。そこで、不思議なことに、誰もやらない運動。
 全身の力を抜いて、抜いて、抜いて、のびのび、ゆらゆら、ゆっくり、静かに動きます。この今の肉体の 動きは「どんな感じかな・・・」と観じながら、動いてください。
 時間も、1分か2分で充分ですが、のんびりやれば、いくら長時間やっても大丈夫。
 歩くのは、足首を歩くように動かします。自転車こぎは、足首と骨盤を自転車をこぐように動かします。 それぞれ、どんな姿勢でも出来ますので、基本的には同じ運動です。
 両腕、両手は、同時に、頭の上に掲げても、顔の前に差し出しても、左右に伸ばしても、背中にまわし ても、あるいは、左右別々の方向に動かしても、左右別々の方向に捻っても大丈夫。自由自在、好きな ように動かして、心身ともに「どんな感じかな・・・」。
 両膝は、左右同時に動いても、別々に動いても、左右別々に開いても、閉じても、捻っても、自由自在。 無限に、いろいろと、変化させながらやって、その変化を楽しみます。
 また、両膝を抱えても、片膝だけを抱えても、その膝を開いても閉じても、自由自在。
 顎を挙げながらやっても、引きながらやっても自由自在。「どんな感じかな・・・」。
 基本はこうです。上向きに寝ます。両膝を立てます。両腕、顎、首の位置は自由です。
 全身の関節をゆるめて、歩くように、あるいは自転車のペダルを踏むように、足先と足首を同時に、あ るいは交互にゆっくり動かす感じで、骨盤と脊柱をを充分に動かします。「手足から力を抜き、骨盤をユ ルメ、手足を動かしているように、骨盤から動きます」。
 下の四つの動きがお勧めですが、どうぞ、ご自分で、好きなように動いてくださ い。 
 ・上向きに寝て、両膝を立てます。両足の指を握ったり、開いたりして、両足を、前後に移動させます。 両足同時に、また、左右交互に前進したり、バックしたりします。
 ・上向きに寝ます。両足を左右に開いて、骨盤の左右に近づけ、片側の腸骨が円を描く  ように動か します。次に、両足を開いたまま、両膝を片側に倒し、同様に動きます。
 ・下向きに寝て、両膝を伸ばし、両足のつま先を立てて、両踵を、同時に、あるいは交  互に突き出し ます。このとき、両肘で、前後、左右、斜めにと歩きます。正座から、  上体を前に倒し、胸を床につけ たり、両肘で、前後、左右、斜めと歩きます。
 ・上向きに寝て、左右の肩甲骨を交互に動かして、前後、左右、斜めにと歩きます。

 頭蓋の呼吸体操
 すべてのすべては「愛の波動の活き活きした働き」として、ここに「ある」のです。
 私は、これを「知恵と慈しみの活き活きした働き」とか「愛でいっぱい」と言います。
 空気も、「愛の働き」です。私たちは、「愛の波動」を吸って生きている「知恵と慈しみの活き活きした働 き(理想)」そのものとして、ここに「いる」のです。
 健康な生活(目的)を体験する選択をして、空気を吸う(する)とき、「愛の活き活きした働き」をいっぱい に、スーと吸いこみます。空気は肺に入って活き活きと働きます。
 「愛」は、頭の中に入って、頭蓋腔をいっぱいに満たしていると観じます。
 背中で、ウレシイナ、ウレシイナと喜びます。これが、大切な、大切な「する」です。
 ハーと吐く時に、「愛の活き活きした働き」を、すべてのすべてに差し上げる(目的)か、その時々の自 分の「目的」に差し上げます。これが、大切な、大切な「する」です。
 こうして、自分と自分のまわりの波動が全部「愛でいっぱい」と感じます。自分の「目的」をハッキリさせ て、この体操をしますと、「愛」が働き、「目的」を活性化します。
 みなさんが骨盤の動きや頭の位置、肩、肘、膝、足首動きをいつも感じ、その自分の感じを「どんな感 じかな・・・」と静かに観じながら生活されますようにお勧め致します。




大丈夫・・・

 ◯明示
 私がお勧めする心身の健康法に、「明示」があります。
 本来は、幼児が眠りに入る時、枕元で、両親のどちらかが、小さな声で、「あなたは、愛でいっぱいの存 在です。これから、多くの人々を導く仕事をします」というように、その子の魂が、こうして、この世界に肉 体を持って体験する理想の状態を告げる方法です。
 すると、両親の明示のコトバによって、「子供の魂に記憶されている、この世界で体験したい目的」が刺 激され、すぐにも、子供の活発な生活体験になります。
 例えば、挨拶が出来なかった子供が、翌朝から、近所の人々や保育園の先生に、元気な挨拶をするよ うになります。

 実は、「明示」は、明示された子供ばかりか、明示をした両親にも働きかけて、その家族みんなの、これ からの、具体的な体験になります。いいですか。私たちみんなの生命・意識は時間と空間を超えて働きま す。明示は、世界中の人々の体験にも影響を与えます。
 あたりまえですね、この明示が、 世界中の人々に、シッカリと影響を与えなければ、これからの、この 子の実際の体験にはなりません。
 私たちの「生命・意識・愛の働き」は、「みんなで一つ」です。明示は、この「一つ」に働きかけ、「宇宙中 で活動している愛の活き活きした働き」を活性化するのです。
 「明示」は、私たちが、「私たちの魂の存在を祝福する無条件の体験」。
 「私たちの明示」は、私たちの具体的な体験となる環境を、この世界に造り出します。
 私たちの魂はこの体験がしたくて、この人生を選択しています。

 さて、子供が成長しますと、自分が寝ようとしている枕元で、親が、むにゃむにゃ言うなんて、うっとうし いものです。でも大丈夫。世界中の人々が、みんなで「同じ一つの生命、同じ一つの意識、同じ一つの愛 の活き活きした働き」を生きています。 
 子供の意識は、両親の意識と重なり合っています。両親の都合がいい時間に、自分の目の前にいる子 供に、直接明示をしていると実感しながらやってください。また、子供が、成人していたら、その子が、赤 ちゃんの時とか、幼児の時を感じながら明示します。そして、ご自分が、「これで充分」と決めつけ、思い こみ、感じこみ、感謝し ワすと「生命、意識、愛の活き活きした働き」が、この今、きちんと仕事をします。 これで充分です。 

 「明示」は、両親が、子供にしてあげる大切な仕事です。
 こうして、両親は、これからも、一生の間、ずっと、子供に、明示をしつづけます。
 もうお分かりですね。明示は、それを受ける人にも、それをする人にも、きちんと働きかけます。そし て、私たち一人ひとりの明示が、世界中の人々の心身を健康にします。
 そこで、世界中の人々が明示をすると、わたしたちみんなが心身の健康を体験します。

 ◯無条件が補い合い、与え合う
 私たちは、うっかりしますと、子供や自分たちに都合が良いことが起ききますようにとか、自分たちが困 ってしまうようなことが起きませんようにという明示をしてしまいがちです。
 人生は、自分の自由な決めつけ、思いこみ、感じこみの選択とその具体的な体験です。
 何か良いことが起きますようにと明示をしますと、良いことが起きますようにと願いつづけ、何か良いこ とを待ちこがれる体験をします。何か悪いことが起きませんようにと明示しますと、自分たちが、悪いこと が起きないようにと対策をしつづける体験をします。

 明示をする時には、親 が子供に、「この今、この子のスバラシイ魂が、このままで、スバラシイ体験をし ています」という真実を唱い上げます。

 私たち一人ひとりは、誰でもみんな、「自分という活き活きした生命、意識、愛の働きによって、あらゆ る困難を乗り越えるという体験を選択しているスバラシイ存在」です。
 私たち一人ひとりは、この不安定な地上で、心身の健康を維持するには手間のかかる肉体を持って、 次々とやって来る困難を、苦労して、苦労して乗り切るという、「自分の生命、意識、愛の働き」のスバラ シさを、具体的な体験にしているのです。
 毎日、自分に関わっているすべての人に、「明示」をしてさしあげるのが、人生です。
 いいですか。この今の子供の状態についても、自分についても、ああだ、こうだと考えないで、無条件 に、私たちの生命、意識、愛の働きのスバラシさを祝福する明示をしてください。そしてすぐ、自分の、 「祝福した」という体験に感謝し、感動します。
 これは、無条件に、この今の自分と、他の人々の「選択とその体験」を非難、批判、否定しないで、「祝 福する」という具体的な選択をしていることになります。無条件とは、自分の善悪、正邪、好き嫌い、勝ち 負け、損得にこだわることなく、「生命、意識、愛の活き活きした働き」を、そのまんま「どんな感じか な・・・」と観じている自分が意識されている体験です。これが、生命、意識、愛を働かせるコツです。
 私たちが、明示に慣れますと、だれかれの分け隔てなく、いつでも、無条件で、自動的に明示をしてい る自分を体験します。これは、とても、充実した楽しい体験です。
 明示をするのが、生活のクセになりますと、自分や他の人びとが困っている時には、それに対応するヒ ント、アイデア、工夫、チャンスが、自動的にやって来ます。それを活かして、行動しますと、みんなで困 難が乗り越えられる体験をします。うれしいことです。
 この大宇宙には、「私」と言う一人称しか存在していません。二人称、三人称は、ありません。いつも、 自分の目の前にいる人を通して、活き活きと働いている「最高に素晴しい私」という自分の「理想」を、「明 示」で表現する体験を選択して生きてください。
 すると、無意識に、「大丈夫、愛がいっぱい。愛が、自分を通して、活き活き、活き活き働いています」 と、自分の「理想」を、自分に明示している、自分に出会います。
 こうして、自分の肉体を通し、愛の活き活きした働きを活性化し、全身で喜び、世界中の人々の心身の 健康のお役に立つ、日々の体験は、一つとして存在する私の喜びです。           




この今を喜び、祝福する

 ◯スバラシイ存在として、ここにいる「私」
 私たちの魂は、この完全な世界に、完全な存在として、何度も、この地上に生まれて生活し、その様々 な人生体験を、全部記憶し、この今も、ここで、人々のお役に立ちたくて、活き活き、活き活きと働いてい るスバラシイ存在です。
 スバラシイ存在としての私たち一人ひとりは、自分が完全な存在であるという体験を求め、この地上 で、肉体を持ち、様々な困難を設定し、その困難の中で、自分の肉体を通して、人々を祝福するという体 験を選択しな bがら、こうして生活しているのです。

 いいですか。「完全」の外には、何もありません。この完全な世界に生活している、私たち、完全な存在 は、すべてのすべてなので、完全な「一つ」の「生命・意識の活き活き、活き活きした知恵と慈しみの働 き」を、みんなでいっしょに、生きているのです。
 この大宇宙は、私たちが「私」と言う、「一つの偉大な私」だけが仕事をしています。

 そこで、私は、いつも、皆さんに、「どうぞ、どうぞ、こうして生きているスバラシイ存在として、多くの人々 のお役に立つ日々を送ってください」と申し上げます。
 と、不思議なことに、それを聞かれた人々は、「自分が、他の人々のお役に立つために、これから、ナ ントカしよう」とします。「エッ」っというのが、私の感じ。
 「この今、ここで、皆さんのお役に立つために、活き活き、活き活き働いている、私という尊いスバラシイ 存在(理想)」が、これから、ナントカしようとするのですかねェ。
 「この今、こうして、地上で生きて、生活して ・る尊い私って、ナンテ、スバラシイ存在。うれしいね」。こ う、自分の全身で感じるのが、人々のお役に立つ、最高の「行い」です。これを、毎日、朝から晩までの間 の、いつでも、喜んでやれば・・・?。

 時間と空間を超え、「一つ」として存在している「尊い私(理想)」というスバラシイ存在は、この大宇宙の 生命、意識、波動、リズムの、具体的な働きそのもの。
 私たち人間は、その働きの、スバラシさを表現するという、「選択とその体験」を受け持って存在し、こう して、地上で、肉体を持って生活しています。
 喜びの時も、悲しみの時も、希望の時も、絶望のその時も、うまく行っている時も、うまく行かない時も、 「私は、こういうスバラシイ存在」と決めつけ、思いこみ、感じこむという、喜び、祝福、感謝の選択を体験 しつづける日々を送れば、人生は、これで充分。 

 ご存知でしょう。私は、「世界中の人々の心身の健康」を「目的」にして、毎日を送っています。こうして、 この文章を書いているのも、その一つの、私らしいやり方です。
 もう一つ、その「世界中の人々の心身の健康」という「目的」を体験するために、いつでも、「自分の肉体 の動きは、今、どんな感じかな・・・」と観じる体操をしています。
 私たちは、みんなで、同じ生命、同じ意識の、活き活き、活き活きした「波動、リズムの働き」を生きてい ます。ですから、遠くにお住まいで、お会いしたことのない方の健康相談でも、「その方の心身の健康な 生活」を目的にして、私が、この完全な宇宙や、この地上に住んだ過去の人びと、現在住んでいる人々、 未来に住む人たちを、無条件で、祝福する体操をします。
 例えば、ご相談の方の頸椎の4番が調整点なら、私が、この今、自分の喜びと祝福って「どんな感じか な・・・」と観じる体操をしますと、その方の心身は、元気になります。
 私は、決して、その方を、自分の都合のよいように変えたり、意識的にも、無意識的にも、「その方を操 作しようとして、自分が、喜びと祝福を感じる体操をしている」のではありません。単に、この今、尊い私と ともに、喜びと祝福の具体的な体験をしたいから、自分の肉体の動きを、「どんな感じかな・・・」と観じる 選択をしている」だけです。
 もっと正確に言えば、私は、「すべてで、一つの存在である尊い私 が、私の肉体の動きを通して、具体 的に、喜びと祝福をされている」という体験を選択しています。
 「いやな感じ」を、ある人に感じているのは、自分自身が感じている感じだけなのに、自分に、いやな感 じを感じさせている人をいやな感じの人と感じるクセのある人は、ナントカして、自分のいやな感じや、そ の自分がいやと感じている人を操作しようとします。

 自分の肉体の動きを感じる体操をしていて、ハッキリしているのは、私たちが感じている「いい感じ」と 「いやな感じ」は表裏一体。「いやな感じの動き」は、「いい感じの動き」が支えています。同じように、「い い感じの動き」を支えているのは、「いやな感じの動き」です。そこで、自分が感じている、あるいは選択し ている「いやな感じ」はそのままに、「いやな感じ」と感じているのは、あたりまえで、とても健康な「いい感 じ」です。それをシッカリ受けとめていれば、ナントカしようとする必要はありません。
 「いい感じ」は、「喜び、祝福、感謝、健康、安心など」で、「いやな感じ」は、無意識に、自分の好き嫌い や、自分は正しいという決めつけ、思いこみ、感じこみにこだわるクセがあって、「自分を含めて、人を非 難する。人を批判する。人を否定する」です。
 自分の肉体を動かす体操をする時には、「いい感じ」も、「いやな感じ」も、そのまんま、「どんな感じか な・・・」と、静かに観じながら、動いて行きます。その動きを感じているのは、自分の肉体の感じです。そ の、私の肉体の感じを観じているのは、生命・意識・波動・リズムとして、この今、ここで、活き活き、活き 活きと働いている「一つ」の「尊い私」です。その「一つ」の観じが、世界中の人々の心身を健康にしてくれ ます。
 そこで、私は、日常の動作の中で、「あげる、あげる、いっぱいあげる」と、「いい感じ」を自分の肉体の 動きを通して働かせて、世界中の人々の心身を健康にしています。
  いっしょに生活したり、仕事をする人たちと楽しくやるコツは、その体験の上に立ち、「お互いの共通 の目的」をハッキリさせ、それを体験するために、お互いの意見、考え方を調整して、みんなで、喜び、祝 福、感謝を感じながら、協力し協調する選択をします。
 これが、世界中の人みんなの肉体ばかりか、人生を元気にする心身の健康の秘訣です。                                                      




全身が動く、いつでも体操

 ◯使わないと退化する心身の働き
 もう、半世紀も前のこと。治療の勉強を始めて、すぐに、分かったことは、人々が、日々の生活の中で、 心も、肉体も、毎日、毎日、こまめに使ってないと、どんどん退化して、心身の健康を損なうということで す。難しい言葉で言えば、「廃用性萎縮」です。
 こうして、萎縮した、心身の不具合を快適にするのは、いたって簡単。毎日、そして、いつでも、心身と もに、こまめに動かせばよいのです。しかも、のびのび、ゆらゆら、ゆっくり、ごく小さく。それに、心身の 全部で、 祝福しながら動かすだけです。「祝福」とは、「このままで大丈夫。今、感謝することがいっぱい 起きてる。うれしいね」です。
 いいですか。私たちがこうして生きている人生は、自分の選択とその体験の連続です。
 私は、人間は、誰でもみんな、いつ、どんな時でも、歩けると言って、入院して、ベッドに寝ている人も、 半身が麻痺している人も、筋肉や神経が麻痺している人にも、「歩く体操」をしてもらいます。人は、ただ 立っていても、椅子や畳に座っていても歩けます。
 私のお勧めする全身が動く体操は、体のどこを動かす時も、緩めた骨盤から動きます。
 私は、朝目が 覚めたら、布団の中で、呼吸体操をして、それから、歩く体操をします。それどころか、 布団の中で、泳いだり、スキーやスケートもします。木登りもします。
 いいですか。確かに、私の、緩めた骨盤を動かす体操や運動は、のびのび、ゆらゆら、ゆっくりと、ごく 小さく動かしますが、どれも、かなりきついので、息がきれますし、心地よく疲れます。また、朝の床の中 での、骨盤をよく動かす体操は、途中で、トイレに行きたくなってしまいます。
 人間は、体のどこを動かす時も、緩めた骨盤から動き始めると、元気に生活できます。
 さらに、こうして、活き活き、活き活きと生きている今を、活き活き、活き活きした意識を、活き活き、活 き活きした今日を、活き活き、活き活きした自分を、活き活き、活き活きした人々を、全身で、活き活き、 活き活きと祝福しながら体操します。
 この大宇宙は、活き活き、活き活きした生命・意識の波動・リズムの働きです。今、このとき、世界中の 人々が、みんなで、同じ一つの生命、同じ一つの意識を生きています。
 私たちが誰でも、いつでも、全身で、その活き活き、活き活きに乗って生活するクセをつけて生活しま すと、それだけで、世界中の人々の心身を健康にして しまうのです。
 私たちの「自分の肉体で感じている祝福」は、これを神に差し上げようと、周囲の人々に差し上げよう と、自分に上げようと、まったく同じ。「自分の人生の祝福体験」です。
 いいですか。肉体の方は、力を抜いて、抜いて、抜いて、のびのび、ゆらゆら、ゆっくり、ごく小さく、 楽々と動かし、心の方は、力を入れないで動いている肉体を、「どんな感じかな・・・」と観じながら、全身 を通して、「精いっぱいの祝福」を差し上げます。
 生命・意識の法則は、祝福することを選択し、喜んで行動した人が、周囲から祝福される体験をする人 で キ。祝福を、自分の肉体を通して差し上げるのをクセにしてください。
 こうして、日々刻々、全身を動かし、日々刻々、世界中の人々の心身を健康にします。

 ◯脊柱など、各関節の調整 
 この人生は、一人ひとりの人が、日々刻々、それぞれに、こうして生きて、生活して、具体的に、何を体 験するかという「自分の目的をハッキリさせた選択とその体験」です。
 私は、「人は、心身ともに、健康で、元気な生活を目的にしたら、布団の中で寝ていても歩ける、ただ立 っていても歩ける、座っていても歩ける」と、いつも、いつも言って、いろいろな障害のある人たちにも、歩 いてもらっています。こんな具合です。
 どうぞ、地面の上でも、床の上でも。大きく、小さく。後ろにも、横にも。ごく普通に歩いてみてください。 その時の、骨盤、脊柱(頸椎、胸椎、腰椎、仙椎)、左右の肩甲骨、頭、左右の膝、左右の足首、左右の 足の指の動き 「どんな感じかな・・・」と、静かに観じてください。
 例えば、大きく歩いた時の、その全身の動きを、布団の中でも、ただ立っていても、椅子に座っていて も、畳の上に座っていても、そっくり、そのままに、全身で、のびのび、ゆらゆら、ゆっくり、ごく小さく、 楽々と動きます。両足も、小さく、小さく動きます。
 同時に、「いっぱいの祝福」を、全身の動きを通して、宇宙に、人々に差し上げます。
 いいですか。私たち一人ひとりは、このままで、この今を、「どんな感じかな・・・」と観じて、世界中の 人々の心身を健康にすることができる、スバラシイ存在です。
 それが、こうして、肉体を持って、この人生を生きて、自分の肉体の、いやな 感じと、いい感じという「リ ズム・弾み」をシッカリ体験するのが、日々の喜びです。それは、空腹という、いやな感じがあってこそ、 食べるという喜びが体験できるのと同じです。
 この今、体のどこかに痛みがあれば、その痛みを感じるところを「目的」にして、痛みを感じていない全 身を動かし、その動きを、「どんな感じかな・・・」と観じます。
 例えば、喉が痛かったら、その喉に働いている波動を活性化させる「目的」にします。
 この今の、いやな喉の痛みは、いい感じの喉の健康を体験する「リズム・弾み」です。
 左右の胸鎖関節の上部にコリがあります。痛む喉の下の鎖骨の上です。このコリをとれば、喉は楽に なります。まず、喉のいやな痛みの感じを、そのままシッカリと観じます。
 全身をスッカリ緩め、両肘を前に突き出し、顎を引いて、顎で、鎖骨をマッサージしながら、前に。後ろ に、横にと、「祝福を差し上げるリズム」に乗 って、小さく歩きます。
 この今、私たちは「みんなで一つの波動」です。私たちがハッキリさせた目的を、ナントカしようとする必 要はありません。私たちの肉体を通して、「どんな感じかな・・・」と観じている生命・意識の活き活きした波 動・リズムに、仕事をしてもらうのです。
 いつもやって差し上げていますが、私が、お会いしたことがない遠方の方の、喉の痛みを楽にしてさし 上げますのは、こうして、その方の代わりに、私が、自分の肉体の、この今の動きを、「どんな感じか な・・・」と観じながら、いつでも、どこでも、膝、骨盤、肩、肘を緩めて、喜んで体操するからです。私たち は、この今、みんなで、同じ一つの生命・意識を生きています。私たち一人ひとりが、お互いの健康の、 実行責任者なのです。
 念のため、私たちの心身の健康は、「理想」と「目的」をハッキリさせた「祝福」の選択と、こうした、脊柱 を調整する体操だけではありません。食物の選択。腸、肺、腎臓、皮膚からの排せつ作用にも気を配っ て生活してこそ、活き活きと体験するものです。     




ナントカしようとはしない暮らし

 ◯「あがない」と「償い」 
 この世界には、人々の心身を元気にする方法は、いくらでもあります。一口で言えば「無限の方法」が あります。ありがたいですね。
 皆さんは、よくご存知でしょう。私は、「治そう、治そうとはしない治療師」です。 心身の具合の悪い人 がいますと、私は、「自分の理想の働き」としての「生命・意識・愛の活き活き、活き活きした働き」を「祝 福し、感謝し、感動する」選択をします。
 すると、具合の悪い人も、周りの人も、世界中の人々も、私も、みんながいっしょに、「心身の健康」を 体験します。その体験を、全身で喜ぶのが、私の治療です。 

 人生は、自分の選択とその体験です。そして、「行動する体験が喜び」です。
 いいですか。この宇宙を構成している「生命・意識・愛・元気」は、生きて、働いている、活き活き、活き 活きした生命エネルギーです。その「元気な働き・エネルギー」が、この今、私たち一人ひとりを通して働 いていて、世界中の人々を健康にしているのです。

 私たちが、この宇宙を構成している「生命・意識・愛・元気の活き活き、活き活きした働き」を働かせる には、先に、その働きが活性化する目的の人、場所、状態をハッキリさせておきます。誰に、どこに、今 のこの状況にと、ハッキリさせるのです。
 目的が、誰か「人」の場合は、その人が、「これから、活き活きと、他の人々のお役に立つ生活をする」 という選択をし、「これから、自分はどんな体験をするか」という、具体的な目的をハッキリさせ、それを実 際に行動する意欲を持っている必要があります。

 「生命・意識・愛・元気の活き活き、活き活きした働き」は、確実に働いてくれます。
 そこで、私たちが目的をハッキリさせたら、無条件で、まず、「サッサ、サッサと感謝して、全身で喜んで しまう」のがコツです。
 そこで、自分を通して、この今、活き活き、活き活き働いている「生命・意識 ゥE愛・元気」を、「祝福し、 感謝し、感動し」、「うれしいな」と全身で喜び、その喜びを、自分の肉体で、「どんな感じかな・・・」と、観じ ます。すると、目的をハッキリさせた世界中の心身の具合の悪い人々が、「元気」を体験します。 

 そこで、私の治療は、まず、「具合の悪い人の心身」を目的にして、「生命・意識・愛・元気・の活き活 き、活き活きした働き」との「一体感を観じる体験」を選択します。
 次に、この宇宙に遍万している「元気」を、ちょっと、ではなく、無条件で、世界中の人々に、いっぱい差 し上げるように、ホントに、自分の全身を使って動きます。
 この動きは座っていても、立っていても、寝ていても動けます。その動きを「どんな感じかな・・・」と観じ ますと、誰もが、いつでも、「元気」を働かせることが :出来ます。
 その内の一つのやり方です。例えば、歩いている時。全身を使って、「空気という生命エネルギー」を、 右の手で大量に掬いとり、精一杯、緩めた全身を使って、世界中の人々に差し上げます。普通は、前の 人に差し上げながら歩くのです。たまには、後ろの人にもどうぞ。この宇宙に遍万している「元気」を、ホ ンキで、人々に差し上げてください。

 私たちの肉体を使って働いているのは、「生命の元気」です。ですから、自分が動くときも、「元気」に、 自分の全身を使ってもらうのです。いいですか。自分の力は、一切いりません。全身をよく緩め、「元気」 に、気持ちよく動かしてもらいながら歩きます。
 右足で蹴り出す時に、右の手のひらで、まわりの重い水を前に押し出すように、完全に緩めた全身を 使って、空気を、重そうに感じながら、精一杯、前へ押し出すのです。
 まったく無条件で、「元気を、いっぱい差し上げます」という実感とともに歩きます。
 もちろん、「元気 」 だけではなく、「愛」、「祝福」、「感謝」、「希望」、「光」などもいっぱい差し上げられま す。すると、ミゴト、世界中の人々の心身を元気にします。

 私たちは、自分自身や、他の人に差し上げたものを自分の体験にしています。誰でも、部屋の中や外 を、「世界中の人々の心身を元気にしながら歩く」選択をすれば、間違いなく、心身ともに、元気な生活を 体験します。いいですか。私たちは、寝ていても、立って歩くのと同様に「元気」といっしょに歩けます。選 択し、行動し、体験してください。
 多くの人々は、このような選択をしないし、その選択を実際に行動しようとしないからその体験をしてい ないだけです。私たちは、みんなを元気にしてくれる人が大好きです。
 毎日、毎日、みんなを元気にする人は、自分の、毎日の生活も元気になります。

 これが、「あがない」の生活。「あがない」の治療。いつも、「一体感」を、「どんな感じかな・・・」と、観じる 生活で、世界中の人々の心身を元気にする治療です。

 一方、「具合が悪い」体験を選択している人々の心身を、ナントカして治そうとする治療は、物質世界 で、「失われてしまった健康を取り戻す」と <いう「償い」の治療です。

 人々は、混同していますが、「あがない」は「生命・意識・愛・元気の活き活き、活き活きした働き」を、活 き活き、活き活きした「一体感」で、積極的に活用する体験です。
 一方、「償い」は、この物質世界で、自分の外に損害を与えた物事に対して、自分が責任をとって、金 銭とか、労力などで返済したり、穴埋めしたりして、元に戻す感じです。
 私たち魂が、地上に再生する時、以前の生涯で、他の人に迷惑をかけた体験を、今生で償う、という選 択をしますと、「その償いの体験」が「カルマを果たす」です。
 これは、どちらが良いか、悪いかではありません。単に、「世界中の人々の心身を元気にして神の栄光 を表す」という、この人生の基本的な目的と、私たちが、これから、どんな体験をするかという、具体的な 目的をハッキリさせ、それらをシッカリと体験できるように、「あがない」か「償い」かを選択し、日々の暮ら しの中で行動すればよいのです。     




心身を健康にするマッサージ

 ◯マッサージの不思議 
エドガー・ケイシーは、私どもの健康法として、マッサージを勧めました。
 私の長い年月の間の治療体験でも、意外なところで、マッサージが発揮する効果に、ビックリさせられ ています。
 ご存知の通り、私は、一人ひとりの症状への対応を「意識」に聞いて、その対応をお勧めする治療師で す。しかも、その対応は、実に、単純です。そして、超安価。
 私は、ケイシーが勧める心身の健康法を、次の四つに集約して説明しています。
 ◯理想と目的をハッキリさせる。
 ◯肺、大腸、腎臓、皮膚からの排せつの経路をきれいにしておく。
 ◯心身の働きを活性化する食物を選択する。
 ◯脊柱の調整をする。

 私たちの生涯は、自分の選択とその体験です。
 私たちが、地上で、肉体を持って生活しているのは、もうすでに、「自分自身の選択と体験を生きて行 く」という選択をしているから、こうして生まれてきているのです。
 皆さんは、これからの人生を生きて行くとき、この四つの心身の健康法を、「する選択」をするか、「しな い選択」をするかです。そして、皆さんが、どちらを選択しても、その選択を、実際に、具体的な体験にし な がら生活します。
 「理想」は、自分がする、自分の自由な選択を、自分が実際に体験するという「生命・意識・愛の働き」 そのものが自分なのだと、自分らしくハッキリ決めつけ、自分らしくハッキリ思いこみ、自分らしくハッキリ 感じこむ選択を、具体的に生きて行くことです。
 「目的」は、「理想」が働く人、場、出来事をハッキリと選択することです。すると、自分の「目的」の人、 場、出来事で働いている「理想」が活性化する体験をします。
 あとは、自分の選択を実際に行動して、自分の体験にします。「行動」こそ人生です。

 実は、私たちが、自分の心身を健康にするための健康法は、多種多様、いろいろ、いろいろあります。 そして、どんな健康法を採用しても、「どんな感じかな・・・」と観じるのが、世界中の人々の心身を健康に する、間違いのない健康法です。 
 ここにいる私は、単に、エドガー・ケイシーのリーディングを基にして、意識を使う健康法を皆さんにお勧 めする治療師を長く勤めました。そして、長い年月を経て、「どんな感じかな・・・」にたどり着いたのです。
 この今の肉体の感じを、ナーンニモ考えないで、「意識で観じる」のが観じるです。
 私がお勧めしているヒマシ油の湿布、マッサージ、体操も、自分の「理想」が、自分を通して、「どんな感 じかな・・・」と観じる体験なのです。
 すると、自分ばかりか、世界中の人々を元気にすることが出来ます。

 ◯触る・圧す・揉む・握る・さする・たたく・噛む 
ケイシーの場合、一般的には、オイルマッサージが勧められました。
 特に、脊柱に沿って施されるオイルマッサージが、私たちの心身を健康にします。
 私のマッサージは、自分の骨盤を動かして、手を動かさない。手の小指側を使う。両手を肉体の中に 入れて、肉体の奥のほうをマッサージします。
 いいですか。なんとか治そうとはしません。「今、ここで、宇宙中の愛がいっぱい。私を通して、活き活 き、活き活き働いている」と、「生命・意識の活き活き・活き活きした働きの波動・リズム」に乗り、「うれし い、うれしい」と、骨盤をちいさく動かします。その喜びのリズムを、「どんな感じかな・・・」と、静かに観じる マッサージをします。

 さて、小見出しの最後に「噛む」が入っています。私たち世界中の人々の心身の健康法にとって、この 噛むも、実に重要なマッサージなのです。
 私の健康相談を受けますと、多くの方々に、「よく噛む」という健康法をしていただきます。その方の食 事中に、よく噛んでいただくのはもちろんのことです。
 体操としても、右で噛む、左で噛む。あごを 突き出して噛む、顎を引いて噛む。どの歯で噛むと指定し ます。これで、頸椎の調整。脳内のいろいろな疾病に有効に作用します。

 これと同様に重要なのは、歯茎のマッサージです。歯茎のマッサージは、ケイシーの健康法の中でも、 飛び抜けた一品です。歯ブラシも、ぜひ使ってください。でも、リーディングは、しきりに、歯茎のマッサー ジを勧めています。

 私のお勧めの健康法に、額の上、髪の生え際の1センチ上のあたりの前頭骨をたたくという方法があ ります。この奥には、、考えるという重要な装置の大脳の前頭葉があって、ここに、幼児の頃からの考え 方のクセがこびりついています。
 私は、ここを、軽くたたいて、この奥にある前頭前野という装置にこびりついている不安、攻撃性、逃げ などのクセを消去しています。 
 当然。こめかみを含む頭蓋全体、耳介とその周辺、眼のまわり、鼻梁のまわり、口唇のまわり、顎のま わりも、毎日マッサージしてください。 
 また、理由は分かりません。意識が、多くの人々の左足の小指の先端をマッサージするように勧めま す。ここをマッサージしますと、一瞬で、体のゆがみがとれます。

 仙骨の周辺を軽くたたくマッサージは、前立腺、男女の生殖器などを健康にします。

 手足の甲の部分のマッサージはやや強めに、一方、甲状腺とか、睾丸のマッサージは、やさしくやって ください。

 いいですか。マッサージは、それを受ける方も、する方も「どんな感じかな・・・」。さらに、マッサージされ る器官も、する方の触覚も、「どんな感じかな・・・」です。




逃げない、逃げない

 ◯この今の、選択とその行動の体験 
 私たちの、永遠を生きている、パワーフルな魂は、この地上で、ひとときの間、肉体を持ち、「自分自身 の、まったく自由な選択を、実際の体験にしてみている」のです。
 そこで、この人生で、体験する、あらゆる挑戦も、自分の殻に閉じこもって、ことさらに何も選択しない選 択も、その結果の失敗も、成功も、喜びも、悲しみも、絶望も、魂にとっては、貴重な体験です。そこで、 それらの体験こそが、私たちの生き甲斐です。

 魂が体験したい、もう一つの、肉体を持って体験する人生目的は、「この今、この時、心身ともに、助け が必要な人々のお役に立つ」という体験です。特に、日々の生活の中の「この今、から逃げないで、心身 ともに働く、具体的な行動の体験」が、魂の喜びです。
 私自身が、この今、人生で選択している目的は、「世界中の人々の心身の健康」なので、朝から、寝る 時まで、それを選択し、それを、具体的な体験にしています。
 すると、「世界中の人々の中で、心身の健康を体験する選択 をしている人々」が、実際に、「具体的 な、心身の健康を体験する」のです。それが、私の魂の、今生の仕事です。

 私たちは、ここで、こうして、みんなで、全く同じ一つの生命、全く同じ一つの意識を生きています。その 一つの生命、その一つの意識の法則は、「すべては一つ」なので、自分が、人々にしてさし上げているよ うに、それを、自分自身の体験にするのです。
 永遠という時間は、「この今」です。無限の空間は、「ここ」です。この今、ここに、「すべてが一つ」という 「生命・意識」が存在し、活き活き、活き活きと働いています。
 すべての存在が「波動」です。神も、魂も、生命も、意識も、心も、この物質宇宙も、過去も、未来も、全 部、活き活き、活き活きした「全体で一つの波動」の働きです。
 その「一つの波動」の「魂」といわれている部分が、自分の選択を、具体的に体験したくて、架空の物質 宇宙という時間と空間がある世界に、肉体を持って現れ、このように、「時間と空間を楽しむ生活」を、 「全体で一つの波動の体験」にしています。
 そこで、こんなことが起きます。自分を含めて、人に危害を加える選択をした人は、危害を加えるだけ を選択したばかりか、危害を加えられる選択もしたのです。
 肉体のある世界は、時間と空間を体験している世界なので、その選択を体験するには、時間と空間の 制約から逃れられません。そこで、私たちが分かりやすいように、前世、カルマ、来生という話や、善悪、 正邪、勝ち負け、損得という、胸躍る物語が登場します。
 ご存知の通り、私自身は、皆さんに、そういう話が登場する物語はしません。
 簡単明瞭。自分が選択して、具体的に生きる体験をしているこの今を、このまま、シッカリと、「どんな感 じかな・・・」と観じましょう。それを観じるのは、魂の仕事です。魂を喜ばすのは、体験を選択し、「目的」 をハッキリさせ「いっしょに行動する」です。
 皆さんは、自分が選択した「目的」のために、この今、どういう行動をしていますか。

 ◯生命・意識の活き活き、活き活きした知恵と慈しみの働きから逃げない
 私たちは、こうして、この瞬間も、生命・意識の活き活き、活き活きした働きを生きています。私は、「こ の今、こうして、生きているという体験」を「スバラシイこと」と表現します。これは、「元気いっぱいの波動」 と言う方がワカリヤスイでしょうか。
 その「スバラシイ波動」を、いつでも、自分の肉体を通して、スッカリ、全部差し上げながら生活するの が、魂といっしょの、心身ともに健康な生活の具体的な体験です。「誰に差し上げるの」と聞かれますが、 私たち一人ひとりは、このままで、スバラシイ波動。私は、この「スバラシイ波動」を、神に、生命・意識 に、宇宙に、世界中の人々に、自分に、それに、過去や未来の人々にも、何の遠慮もすることなく、全部 差し上げています。
 これは、「スバラシイ波動」を、自分の心身全体を通して、全身で送り出す感じです。それこそが、生き 甲斐。いつも、「どんな感じかな・・・」と観じる具体的な体験です。
 私は、自分の「いい感じ」も、「いやな感じ」も、そのまま、自在、自由に観じて、どんどん送り出し、自分 を、活き活き・活き活きした波動、と感じる人生を送っています。

 この世界は、「誰でもが楽しめるオモシローイ物語」にあふれています。人々は、誰かが作った物語で も、社会や国家が作った物語でも、「考えて作った物語」が大好きです。
 「人間は、考える葦である」という表現は、毎日、毎日、いろいろな、架空の考えに気を捕らえられて、 揺れつづけながら生活しているのが人間という意味です。
 人々は、悲劇の物語が大好きです。感動する悲劇に出会いますと、朝から晩まで、同じ物語をくり返 し、くり返して考えるクセがあります。これをトラワレと言います。
 人は、自分が、自分のために作った自分の人生、自分の生活という物語にのめりこんで生活します。 今、自分が、人々のお役に立たないのは、その物語のセイというわけです。

 自分は、困難を乗り越える能力、力を持ったスバラシイ存在という「理想」と、これを体験するぞ、という 「目的」をハッキリさせて、困難に挑戦し、次々に襲う荒波を、乗り越え、乗り越えして成功する物語は、 感動させられ、実際に、元気になる力となります。
 自分に、トラワレという、「くり返して考えこむクセ」がありますと、そのエネルギーに阻まれて、生命・意 識の活き活き、活き活きした働きが、自分の体験にはなりません。
 トラワレにトラワレない方法は、自分から逃げない。自分を悩ませる人や、出来事や、悩んでいる自分 自身をシッカリと受けとめ、自分が選択していた、架空の物語や、この今の体験から逃げ出さない。「こ の今の自分の感じ」を、そのまんまに、「どんな感じかな・・・」と観じて、「無条件に祝福」します。そして、 この今の、自分の目的をハッキリさせ、そのための、現実的に必要な対応を、どんどんしてください。
 このとき、自分の悩みなんか、ナントカしないのです。自分のいい感じも、いやな感じも、自分の心身に 溜め込まないで、どんどん出して行かせるクセをつけておくと大丈夫。
 私たち一人ひとりは、今、ホントにスバラシイ存在が、スバラシイ体験を選択して、それを「祝福する生 活」をしているのです。私たちの「祝福」とは、「このままで大丈夫。もうすでに、全身で感謝したい、いいこ とがいっぱい起きている。うれしいね」です。        




健康法の基本

「人生は遊び」の健康法 

 この今、生命が、私を通して、世界中の人々を活き活きさせています。

 ◯理想   優しさいっぱい(この今、生きているって、どんな感じ・・・)。

 ◯目的   世界中の人々の心身の健康のために生きる。

 ◯明示   祝福(このままで大丈夫、今、感謝したいいいこといっぱいある)。

 ◯タッチ  左右の手で交互に、四肢の内側を同側と交差で上下・下上。
       スムーズ。 前頭骨の生え際上方1センチ。 尾椎の先端。

 ◯クリーム 「ゆるまる・どんな感じかな・・・」。左足の指。
       手、腕、前頭骨の生え際から正中線を通り、頸椎、甲状腺。
       脊柱、骨盤、尾椎、股関節、肩、膝、足、顔面、頭髪部。
       クリームのマッサージの後、オイルマッサージをする。

 ◯呼吸   頭蓋骨で呼吸。骨盤で呼吸。左足小指先で呼吸。全部同時。

 ◯運動   自転車こぎ。寝て歩き。肩歩き。挙げ歩き。両足の指歩き。

 ◯顎体操  舌を口腔に浮かして、顎を突き出す、顎を引く。顎を回す。

 ◯食物   緑黄色野菜。温水。胡麻ペースト。柑橘類のジュース。他。

 ◯湿布   ヒマシ油。右側腹部。  額、両眼、鼻。  患部。
       (  時間。  日、 日休み。   週、  週休み。)
 ◯数   1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12。

 ◯位置   右。 左。 両方。
  いい。 わるい。 まあまあ。 なんとか。 なんともいえない。    







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